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大倉 源次郎
KENSYO vol.108
小鼓方 大倉流
大倉 源次郎
GENJIRO   OKURA




大倉 源次郎(おおくら げんじろう)
人間国宝。小鼓方大倉流十六世宗家。1957年生まれ。父十五世宗家大倉長十郎に師事。1965年独鼓「鮎の段」にて初舞台。1985年十六世宗家を継承。新作能、復曲能に数多く参加。能楽DVD「大和秦曲抄」「五体風体」を制作。1991年大阪市咲くやこの花賞、2015年観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞。2017年に重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)。



若き人間国宝の 覚悟と決意

 昨秋、重要無形文化財(人間国宝)の指定を受けた。能楽小鼓方ではただひとり。六十歳という年齢は、現在の能楽界で最年少の人間国宝である。
 「最初、お話をうかがったときは、あまりに重すぎてどうしたらいいのか、と思いました」と、戸惑いを隠さない。「私のような若輩者が果たしてお受けしていいものかと随分悩みました。でも、尊敬する先輩が、『お父様の代わりと思って受ければいいんじゃないか』と言ってくださいましたので、ようやくお受けする決意をしました」
 父である十五世宗家、大倉長十郎は昭和六十年、六十歳の若さで亡くなった。その年齢での認定に、覚悟と決意を新たにしている。
 「六十歳から上は、父も未体験。これからは、自分が能楽界のために何ができるかを考え、日本の文化のために全力で尽くさねばならないと思っています」
 生まれは大阪。祖父の十三世宗家、大倉長右衛門と父に師事。当人によると、「幼い頃は小鼓がめちゃめちゃ下手だったんですよ」とのこと。「『間の悪い子や』と、随分、祖父に嘆かれました」
 一九八〇年代には、同世代の囃子方とユニット「ツクスマ」を結成、能楽堂を飛び出して若者が集まる小劇場などでコンサートを行った。世界的なジャズピアニスト、山下洋輔とコラボレーションをしたことも。能の枠組みを超えた活動は、「能にしかできないことは何なのか」を自問していたからだという。
 その頃、先代の観世銕之亟(人間国宝)に「おまえたちの囃子では舞えないよ」と言われた。「能の囃子を音楽面ばかり追求していた。能としての哲学が抜けていたのです」
 父が急逝したのはそんな時だった。二十八歳の若さで十六世宗家を継承。それにともなって、拠点を東京に移す。流儀を率いる立場となったとき、さまざまな流儀の能楽師と関わっていくためだった。
 父の死の前後、代役で大曲を勤めることが一挙に増えた。「姨捨」など能の最奥の曲もあった。しかも周りは大先輩ばかり。風当たりはきつかった。「弱音など吐いていられない。やるしかありませんでした」
 当時を思い出すと、改めて先輩への感謝の気持ちがわき上がる。
 「父の世代の方々の中で、しごかれ、実力以上の舞台で背伸びさせていただきました。自分がその年代になったとき、先輩方が私にして下さったことのありがたさがよくわかります」
 意外なことに、父が遺した音源はできるだけ聴かないようにしているという。「本当は聴きたいのですが、聴くと下手なコピーになってしまう。なるべく、自分の体に刻まれた父の音を思い出すようにして勤めたい。最近、父をご存じの方々に、『先代の舞台姿とオーバーラップする』と言っていただくことがあるんですよ」。そう言って、うれしそうな笑顔を見せた。それが、伝統芸能の深さ、不思議さであろう。
 時間ができると、奈良を訪れる。特に、年に十回以上行くという桜井市は“鼓の里”。   能の成り立ちと深い関わりのある談山神社もある。平成二十四年から毎年五月に、「多武峰 談山能」の公演も行っている。
 「このあたりは鼓の胴に使われる桜の木が多く、昔は鼓の産地だったんです。能はここから始まって日本中に広まっていった。奈良を訪れるのは、能のルーツを知るためもあるのです」
 七月十五日、東京・銀座の観世能楽堂で開催される能公演「銀座余情」で、大曲「卒都婆小町」を勤める。シテは観世流の人間国宝、大槻文藏。かつて絶世の美女として栄華を誇った小野小町。しかし、いまや九十歳を超え、乞食になり果てていた。僧侶に「自分は小町のなれの果てだ」と明かした老女は、美貌を誇った往事を懐かしんで舞ううち狂乱状態となり―。
 「いまの日本のエンターテインメントの主流は若い女の子。でもこの曲の主人公はおばあさん。しかしこの曲には、人間はいかに生きるべきかという哲学がある。銀座の一等地という最高の空間で最高の能が上演できる。世界に能を発信できる素晴らしい機会だと思っています」
 もっか、考えているのは、能楽界全体の社会的認知度をもっと上げること。能や能楽師を広く知ってもらいたい。そのためにさまざまな試みをしていきたいと顔を輝かせる。
 「私自身は死ぬまで修業。粛々と精進していくのみです」
 凜とした横顔に、真摯に能に取り組む気概が見えた。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/墫 怜治


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