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善竹忠一郎
KENSYO vol.109
狂言師
善竹忠一郎
ZENCHIKU CHUICHIRO




善竹 忠一郎(ぜんちく ちゅういちろう)
1940年生まれ。大蔵流狂言善竹家当主。初世 善竹忠一郎の長男。祖父善竹彌五郎(人間国宝)及び、父忠一郎に師事。6才の時、狂言「靱猿」で初舞台。1980年文化庁より、重要無形文化財綜合指定を受ける。
大阪文化祭本賞、神戸ブルーメール賞、大阪文化功労者知事表彰、2011年度「大阪市文化功労者表彰」等受賞。大蔵流狂言善竹会主宰。日本能楽会会員、能楽協会大阪支部副支部長、兵庫県芸術文化協会評議員。兵庫県立宝塚北高校演劇科講師。 ’18年11月 二世善竹彌五郎を襲名。


狂言界を代表する名跡 善竹彌五郎  襲名

 今秋、祖父で、狂言界初の人間国宝に認定された名人、善竹彌五郎(1883〜1965年)の名跡を、二代目として襲名する。
 襲名披露公演が行われる十一月四日は、自身の七十八歳の誕生日。「本当に偶然です。そのあたりの日程を考えていたら、ちょうど大槻能楽堂のスケジュールがあいていまして」。飾り気のない人柄は、華やかさより古格を重んじる芸風に表れているように見える。
 彌五郎の名前が復活するのは五十三年ぶりという。「能楽界でも、祖父のことを知ってくださっている方は数えるほどになってしまった。やはり祖父の名を忘れないでいただきたい。そう考えて、思い切って継ぐことにしたのです」
 数年前から、能楽界や親戚から襲名を勧められていたという。
善竹家の直系で当主。襲名は当然と思えるが、なかなか決心がつかなかった。「大きな名前ですので荷が重すぎて…」。いよいよ襲名まで半年を切り、「ここまで来ましたので、いまは前向きに考えられるようになりました」と笑う。
 祖父の彌五郎と、父の先代忠一郎の薫陶を受けて育った。
「祖父はやさしいなかに厳しさがありました。子供心に、祖父を目の前にすると威圧感がありましたねえ。舞台にはなんともいえない迫力がありました」
 しかし、十代の頃は狂言をやめようと思ったことが何度もあった。戦後、能楽界は低迷。公演数も少なくなり、「このまま狂言はなくなってしまうんじゃないか」。そんな危機感に苛まれた。高校卒業時、担任の教師に「就職します」と言ったところ、「ばかやろう」と一喝された。「その先生は国語の担当でしたので、古典の大切さをわかってくださっていたのでしょう。おかげで、やめずにすみました」。
 初世彌五郎はがっちりした体格。骨太で、関西風の人間味あふれる写実的な芸が特徴だった。「木六駄」「鎌腹」「右近左近」などを得意とし、昭和三十九年、狂言界で初めて人間国宝に認定された。
 二世を襲名する忠一郎は細身、「釣狐」などを得意とし、緻密で品格のある舞台のなかに作品の本質をつく芸風で、阪神間を中心に活躍する。
 「私と祖父では体格も芸風も異なりますので、いくら真似してもコピーにはならない。ただ、祖父の芸境に少しでも近づきたいという思いはありますし、この襲名によって祖父の精神を次代につなげていきたいと考えています」。
 十一月四日に大槻能楽堂で行われる襲名披露公演では「武悪」を勤める。
 不奉公者の武悪を成敗しようと、主人は太郎冠者に武悪を討つよう命じる。しかし、武悪と仲のいい太郎冠者は討つことができず、命を助けてやる。
「武悪を討った」という嘘の報告を聞いた主人が太郎冠者を連れて出掛けると、鳥辺野のあたりで、武悪と鉢合わせてしまいー。
 狂言には珍しく、笑いより緊迫感に満ちた内容。
 忠一郎は若い時分、東京で、祖父、初世彌五郎の武悪、和泉流の人間国宝、六世野村万蔵の主という異流共演の舞台を見て感銘を受けたという。
 「幽霊に化けた武悪が、主人に、『あの世で主のお父さんに会った』と言うようなせりふがあるのですが、そのせりふがなんだか、あの世でおじいさんの初世彌五郎に会ったというふうに、私のなかで思いが重なるのです」。
 襲名公演では、長男の隆司が「木六駄」を披き、次男の隆平は祝言性のある「鶏聟」を、「古式」の小書きで勤める。
 かつて、隆司、隆平兄弟に聞いたことだが、忠一郎の指導は「大変厳しい」と。「注意、指導、しかる、の三段階です。ほめられたことは一切ありません」。しかしそのおかげで二人は後継者として成長。ともに文化庁芸術祭優秀賞、大阪文化祭賞など大きな賞を受けている。
 「私はまず、本業の狂言の舞台優先という方針で育ててきました。若いうちに狂言の土台をきちんと作ってからさまざまなことに挑戦する。そうでないと、土台が崩れてきますから」
 若いころ、一度はやめようと思った狂言だが、いまは続けてよかったと思う。
 「狂言そのものは古い芸能ですが、テーマや内容は普遍です。単純な笑いではなく、人間の喜怒哀楽のドラマがある。それを決まった型のなかで、狂言師それぞれが修練した技芸で表現する。難しいけれど、やればやるほど深くなるところに面白さがあります」
 襲名公演に向けて多忙な日々。息抜きは、「ビールを飲んでジャズを聴くことかなあ」。そう言って、ふと頬を緩めた。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一


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