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山本哲也
KENSYO vol.113
大鼓方大倉流
山本 哲也
TETSUYA YAMAMOTO


山本 哲也(やまもと てつや)
大鼓方大倉流。1966年生まれ。父・故山本孝および亀井忠雄(人間国宝)に師事。’73年独鼓「高砂」で初舞台。’78年「経正」にて初能。’86年「翁」、’88年「道成寺」を披く。同年、大阪の若手能楽師5人と共に、能楽の普及を目指す能楽グループ『響』を結成。’91年「鷺」、’99年「卒都婆小町」、2010年「姨捨」、2012年「鸚鵡小町」を披く。2002年小鼓方・成田達志と共に『TTR能プロジェクト』を結成、15周年特別公演「定家」で2017年度大阪文化祭賞を受賞。重要無形文化財総合指定者。2018年度文化庁芸術祭賞優秀賞受賞。

「これだけは山本哲也やないとあかんな」そう言われる大鼓方に。

  昨秋、大阪・大槻能楽堂で勤めた「山姥」で、平成三十年度の文化庁芸術祭賞優秀賞を受賞した。
 「大変うれしいのですが…」と、意外な心境を吐露する。
 「囃子方が評価していただけたことは素直にありがたいのです。ただ、能は総合芸術で、基本的におシテ(主役)至上主義。囃子方は料理でいうと調味料の一つですので、その囃子方が評価していただけたということは、僕が変に目立ち過ぎていたのではないかという懸念があったのです」
 いえいえ、そんなことはありません。贈賞理由にはきちんと、〈シテ方や小鼓などと調和よく間を刻み…〉とある。
 華のある大鼓方である。「カーン」という大鼓独特の高く澄んだ音色、気迫のこもった掛け声と相まって、その演奏はつねに全身全霊。本拠地の関西を軸に全国で活躍している。
 能楽大鼓方の家の三代目として生まれ、早くから頭角を現していた。大阪文化を担うホープに贈られる「咲くやこの花賞」も受賞。だが、十代の頃、おおいに迷った時期があった。「子供の頃はきれいに落ちこぼれていましたね」
 高校生のとき、能の修業のため、「能楽養成会」に入った。能楽師の後継者はみなここで修業をする。ところが初日、着物で行くべきところを白のつなぎ姿で登場。しかもさぼってばかりの毎日。そんなある日、高校時代の友人にばったり出会う。「将来デザインの仕事するためにアルバイトをしている」と話す友人の言葉に初めて、自分の身を振り返った。
 以来、大鼓に真剣に向き合うようになる。
 いま、五十代半ばを迎え、精神力、技術、経験とも脂の乗った年代となった。「年齢を重ねるにつれ、知識も技術も、繊細な部分について思いが強くなっていく。掘っても掘っても底が見えない」
 あるとき、尊敬する大先輩に「迷いなく打っていらっしゃるのはすごいですね」と話しかけた。すると、「おまえはばかだな。ずっと迷い続けているよ」と。
 「ハッとしました。この世界は、これでいい、というのがないのです」
 平成年、大きな転機が訪れる。幸流小鼓方の成田達志と二人で能楽ユニット「TTR能プロジェクト」を結成した。
 「志を同じくする方々と本当にやりたい舞台を実現させたい」。二人は敢然と荒海に乗り出したのだ。
 通常、能の公演を主宰するのはシテ方であり、囃子方やワキ方は、シテ方の依頼で出演する。そこへ、山本と成田は真っ向から挑んでいった。囃子方が主宰する公演は珍しく、妥協のない配役が周囲との軋轢を生んだこともあった。
 だが、「いい能を上演すれば、きっとお客さまはついてくださる。能のファンのすそ野を広げるため、能の深さや真の面白さを伝えるため、なんとしても頑張ってやっていこうと二人で決意しました」。
 これまでの活動のなかで、観世流の人間国宝、大槻文藏や梅若実、喜多流の人間国宝、友枝昭世ら当代きっての名人を迎え、「定家」や「三輪」「卒都婆小町」などを上演、能楽堂を満杯にした。
 近年、強く印象に残った舞台は、4月「大槻能楽堂改修 勧進能」で上演された「安宅」。大槻文藏が「舞い納め」として一世一代で勤めた弁慶で、大鼓を打った。
 「文藏先生ふんする弁慶が舞の真ん中で同山を見回す型があるのですが、 大鼓を打ちながらその視線が目に入ったとき鳥肌が立ちました。そこには先生の、最後の安宅を後輩たちにきちんと見せておきたい、『おまえたち、わかってるな』という思いが込められていると感じたからです。生涯忘れられない舞台になると思いました」
 能楽は近年、難しい状況になりつつある。能楽師の生活の基盤の一つ、謡を習う素人弟子が減り、それにともなって能楽師の人数や公演回数も減少。特に大阪は、一昨年の大阪能楽会館の閉館など厳しい。
 「相棒(成田達志)とも、どうすれば大阪の能楽界が盛んになるのか、よく話し合います。結局は、おもしろい能を提供するしかない。そして、若い能楽師には積極性を持ってどんどん動いてほしいですね」
 では、大鼓方としての目標は|。
 「結婚式のとき、(観世流シテ方の人間国宝だった)片山幽雪先生に『万能選手でなくてもいいから、これだけは山本哲也やないとあかんな、と言われる大鼓方になるように』とおっしゃっていただいたんです。その言葉はいつも僕の胸にあります」
 人情の人であり、情熱家。長いリーチから繰り出される大鼓の音色は、実に豊かで奥深い。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/後藤 鐵郎


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