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竹本錣太夫

KENSYO vol.116
竹本津駒太夫  改め
六代目

竹本  錣太夫
Shikorodayu  Takemoto

 



竹本 錣太夫(たけもと しころだゆう)
1949年1月生まれ、広島県出身。1969年、四代目竹本津太夫(人間国宝)に入門、竹本津駒太夫を名乗る。
1970年初舞台。1989年、五代目豊竹呂太夫の門下となる。1977年・’83年文楽協会賞、1993年・’99年・2002年国立劇場文楽賞文楽奨励賞、2002年因協会賞など多数受賞。
令和2年1月大阪・国立文楽劇場において、六代目竹本錣太夫を襲名、『傾城反魂香〜土佐将監閑居の段』で披露。

80年ぶりの名跡復活。 〜錣師匠の魂を受け継ぐ〜

 今年一月、文楽の重要な名跡、竹本錣太夫の六代目を襲名した。昭和十五年の先代の死去以来、実に八十年ぶりの復活。大阪・国立文楽劇場で行われた襲名披露では、近松門左衛門『傾城反魂香・土佐将監閑居の段(けいせいはんごんこう  とさのしょうげんかんきょのだん)』を入魂の語りで勤め、大きな拍手を受けた。
 「錣太夫の名跡になじむまでにはもう少し時間がかかりそうです」。そう言って額に吹き出す汗を拭う。「汗が売り物ですさかいね(笑)」。実直な人柄が、劇中の絵師、又平の生きざまとどこか重なり感動をより深くした。
 戦前に活躍した五代目は時代物から世話物、艶物からチャリまで幅広く、聴衆を喜ばせるような語りだったという。
 「先代の音源を聞かせていただくと、昔の文楽のおおらかな芸風がうかがえます」と、先代の語りに思いを馳せる。「錣太夫師匠の芸風を取り戻すことはもうできません。私自身、積み重ねてきたものの上でしか新しい錣像を作ることはできない。ただ、文楽の歴史の中で受け継がれてきた名跡を継がせていただいたからには、錣師匠の魂を受け継ぎ、芸術性と娯楽性を兼ね備えた、お芝居そのものの楽しさを追求する語りを目指していけたらと思っています」
 広島出身。文楽とは無縁の家に育った。中央大学法学部に進学するも、当時は七十年安保の真っただ中。一年生の夏から大学はロックアウト(閉鎖)され、授業もなくなってしまった。映画を見に行ったり読書に明け暮れる日々。そんなとき、テレビから流れてきた文楽の舞台中継の義太夫節に心を引かれた。
 「この声はなんだろう」。義太夫節を語る太夫の声の多様性に「不思議な世界だなあ」と感じた。もともと声を出すこと自体に興味があった。早速、大阪・道頓堀の朝日座の文楽協会に、「(文楽に)入りたいんですけど」と言いに行く。ちょうど文楽の巡業月で、技芸員の大半が出払っていたなか、豪快な語りで後に人間国宝になる竹本津太夫は大阪に残っていた。津太夫は「なまの文楽、見たことあるんか?」「文楽に入るって親に言うたんか?」と問うた。
 初めてなまで見た文楽の舞台は時代物の大曲『近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)』。語りの迫力に衝撃を受け、そのまま津太夫に弟子入りする。大学を中退、二十歳での入門は当時は遅い方だった。
 「あの頃、『文楽は一寸先は闇』といわれ、世間では今にも滅びるんじゃないかという評判でした。でも、この古典的な音楽の世界に身を置いて、もし滅びるなら一緒に滅びてもいいじゃないか、そう思っていました。若者らしい無鉄砲さですね」
 ふとしたきっかけで入った芸の道。
だが、そこはあまりにも奥深く厳しい道だった。
 「文楽の作品自体は、人間の描き方が深くドラマチックで、非常に含蓄のあるものです。でもそれをどこまで表現できて伝えられているかというと、それはまた別次元の問題。自分の思いがなかなかお客さまに伝わらない。根本的なことなんですけど、そこにつねに悩みがあります」
 四月、大阪・国立文楽劇場の文楽公演で上演される通し狂言『義経千本桜』では、「すしやの段」の前半を勤める。三人の主人公のひとり、いがみの権太とその家族の悲劇を紡ぐ。
 「権太は小悪党ですが、改心して親孝行しようと思った矢先に、良かれと思ってやったことすべてが裏目に出て、父親に刺されてしまう。あまりにもかわいそうすぎますよね。そんな悲しい人生をくっきり浮かび上がらせられるよう語ることができれば」
 そう言ったあと、ふっと頬をゆるめた。「津太夫師匠の語りは、登場人物が悪人であっても、どこか本当はこの人にも事情があるんじゃないか、と思わせてくれるようなものがあったんです。そういう語りに僕は憧れていました。襲名披露で勤めさせていただいた『吃又(どもまた)』にしても、障害のある人が家族や師のサポートで社会復帰して芸術家として活躍していく。そんな温かく、現代性のある話だと思うんです。
文楽という芸のそういうところをみなさんにもっと知っていただきたいですね」
 今年、七十一歳。円熟期の語りをどんなふうに作っていくのだろう。
 「いつまでも若々しい張りのある義太夫の声を維持し、登場人物を温かく表現できるような、そんな語りを目指し続けたい」
 ベテランの域にあるものの、襲名を機にまだまだ高みに上っていきそうな予感がする。


インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/後藤  鐵郎



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