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市川 海老蔵

KENSYO vol.119
市川 海老蔵
Ichikawa  Ebizo

 



市川 海老蔵(いちかわ えびぞう)
十二世市川團十郎の長男として生まれる。
1983年歌舞伎座『源氏物語』の“春宮”で初お目見得。
1985年歌舞伎座『外郎売』の“貴甘坊”を勤め、七代目
市川新之助を名乗り初舞台。
2004年歌舞伎座にて十一代目市川海老蔵を襲名。
日本の伝統芸能を次世代に伝えるべく、「古典への誘い」や「ABKAI」などの自主公演も積極的に開催している。


生の舞台の力を信じている。


 令和二年十一月三日、大阪・ミナミの道頓堀川で、歌舞伎、能、文楽、落語などジャンルを越えて東西の舞台俳優が集結した一大イベントが行われた。新型コロナウイルスの影響で厳しい状況の続く舞台芸術の復活を祈願して開催。このイベントの発起人こそ、市川海老蔵さんであった。
 「東京と大阪の二大拠点が先陣を切って動いていかないと日本全体の文化は動かない。このイベントを通して大阪のお客さまが伝統文化に親しみ、楽しんでくださることを切に願っています」
 イベント前の記者会見で真摯な口調で意図を語っていた海老蔵さん。その思いに賛同した能楽シテ方の人間国宝、大槻文藏さん、文楽人形遣いの桐竹勘十郎さんら関西の伝統芸能人が多数参加、道頓堀川の船上で海老蔵さんが「大阪の伝統文化の火付け役に」と、火の神を表す『迦具土之舞(かぐつちのまい)』を披露すると、見物客から盛大な拍手が起こった。海老蔵さんの熱い思いと力強い舞が人々の心を動かしたのだ。
 「今回のコロナ禍は、私だけでなく、誰もが、日本の未来について、世界の未来について考える、ひとつのきっかけになったのではないでしょうか」という。
 「日本の文化のほとんどは、そもそも関西から始まっています。かつて、江戸三座と並び、大阪は道頓堀五座といわれるほど芝居小屋が立ち並び、歌舞伎や文楽が栄えました。ところがいまは東京が首都ということもあり、文化は東京一極集中になっている。日本の文化全体を見渡したとき、自分ができることはなんだろうと考えました。今回は、まずは大阪という歴史ある大都市で伝統文化と劇場文化を盛り上げようと呼びかけたのです」
 それこそが、およそ三百五十年もの間、歌舞伎界を牽引してきた市川宗家の使命でもあるのだろう。
 十二世市川團十郎の長男として生まれ、幼い頃から江戸歌舞伎を象徴する成田屋の後継者として修業を積み重ねてきた。
 力強く涼しい目、整った容姿に美しい声、スケールの大きな演技とスターのオーラを兼ね備えた天性の歌舞伎俳優。『勧進帳』の弁慶をはじめとする家の芸の歌舞伎十八番はもとより、六本木歌舞伎『座頭市』など斬新な新作歌舞伎も次々と創造、古典を追求しながら新たな観客開拓のため、挑戦的な活動も行っている。
 「ただ、近年、悲しいのは、『判官贔屓(ほうがんびいき)』や『宮仕え』、さらには『忠臣蔵』がわからないという若い人が増えていることですね」と現状を憂う。
 「特に忠臣蔵には、人への思い、仲間意識、貫くべき真実など、私たち日本人が大切に培ってきたものがたくさんあります。また、勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の精神は、『半沢直樹』や『鬼滅の刃』にも通じていて、だから日本人に人気がある。『スター・ウォーズ』もそうですよね。そういうものすべてが古典芸能には詰まっている。私は舞台を通して、古典は魅力的だなあと思う心が蘇ってほしいと願っているんです」
 昨年は本来、海老蔵さんにとって大きなエポックとなる年であった。十三代目市川團十郎白猿の襲名披露興行が、五月から三か月連続で東京の歌舞伎座で行われる予定だったからだ。東京五輪・パラリンピックと並ぶ一大イベントになるはずが、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまった。
 「確かに團十郎という名跡は大きいのですが、名前を襲名したからといって人が変わるわけではない。私自身は、人が名前を作るという考え方ですので、襲名を楽しみにしてくださっていたファンの方々には申し訳ありませんが、コロナのためにいろんなことを考える時間ができた、というふうに思っています」
 生(なま)の演劇の力を信じている。昔から地方公演にも積極的に取り組み、普段、なかなか歌舞伎を見ることができない地域の人たちに歌舞伎のおもしろさを伝えてきた。
 コロナ禍の影響で、動画配信など無観客ライブが増えた。「本当に劇場に行けない人が舞台を見ることができる環境を作ったのはいいこと」と言いつつ、「生の舞台には見る人の心を高揚させ、感動や喜びが健康長寿をもたらす力になるのではないでしょうか。これからも、そういう力を信じてやっていくだけです」
 歌舞伎界のスーパースターは、果敢に攻めの姿勢を貫き続ける。


インタビュー・文/亀岡 典子   撮影/後藤 鐵郎



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