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福王知登

KENSYO vol.125
ワキ方 福王流 福王 知登 
TOMOTAKA  FUKUO

 



福王 知登(ふくおう ともたか)
ワキ方福王流。1981年兵庫県西宮市生まれ。父は福王流十六世宗家で文化功労者の福王茂十郎。兄は同じくワキ方の福王和幸。父に師事。1992年「小鍛冶」のワキツレで初舞台、1995年能「猩々」で初ワキ。「張良」「道成寺」「鷺」等を披演。公益社q団法人能楽協会大阪支部副支部長。




シテはなぜ、僕の前に現れたのか。

 能のワキ方は一曲中、舞台の上で座り続ける。シテの思いを受け止め、苦悩を引き出し、祈りで慰める。しかも、素顔、つまり直面である。それだけに存在感や人間性も問われる。実に、奥深い職掌である。
 ワキ方福王流宗家の家に生まれ育った知登は、若い頃から自身の宿命を感じていたという。
 「中学時代は、出の前に幕の前に立つと、決まっておなかが痛くなったものです。足が痛くて、つらくて。ただ、こういう家に生まれた以上、やらなくちゃいけないという責任は感じていました」。
 福王流の拠点は関西だが、いまや能舞台に欠かせないワキ方として東西の舞台で活躍している。ただいま四十一歳。能の世界では若手だが、年齢に似合わぬ包容力や大きさがこの人の持ち味ではないだろうか。
 今年一月には、大阪若手能の実行委員長として手腕を奮い、公演を成功に導いた。「そういえば学生時代、バスケットボール部のキャプテンを押し付けられたこともありましたねえ」と笑う。人望があり、リーダーシップを取れる人である。そういう人間性が、舞台でワキを勤める際、役立っているのかもしれない。
 若い時分の修業では、ワキツレとして、福王流宗家である父、福王茂十郎に付いて数多くの舞台に出演したことが大きい。
 「それが一番、ありがたかったです。父の隣にいたことで、先輩方の能を同じ舞台の上で拝見させていただきました」。
 父と離れて、ひとりで出演した舞台のときは、帰宅後、反省の意味を込めた鑑賞会が行われた。「ここは出来ていなかったと思うところは、案の定、後ろから父が投げたものが飛んできました」
 ワキの難しさと深さを感じた舞台があった。三十代前半の頃、ある舞台の申し合わせが終わったとき、観世流の重鎮だった片山幽雪に一言、「頼りないな」と言われた。厳しいダメ出しではあったが、目の前の霧がさっと晴れたような気がしたという。
 ワキ方は、ほとんどの舞台で一番最初に登場し、舞台の雰囲気を作る。その後に、さまざまな業や苦悩を抱え、成仏できていない主人公(シテ)が現れる。
 「シテはなぜ、いろんな人がいるなかで、ワキである僕を選んで、僕の前に現れたのか。シテの霊はたいてい内向的で恥ずかしがりや。だからこそ、ワキは、シテと対話しながら、その悩みを上手に引き出してあげなければならない」。
 ワキ方ゆえの悩みはまだある。シテの感情に寄り添いすぎるとシテが立たない。あくまでもワキは現実の世界の人間として存在する。そのバランスが難しいという。
 「自分としては、“
福王知登”として舞台に出ているという感覚でしょうか。役を自分の方に落とし込むというか、自分の性格や人間性がどこかに出るという感じですね」
 最近、話題の新作能に出演する機会が増えている。昨年は、大阪府太子町の叡福寺で上演された「聖徳太子」で医生の役どころを勤めた。古典の夢幻能より、ワキの役どころとしても一歩踏み込んだ劇構造。聖徳太子の姿を通して、医生の成長が描かれたところに新しさがあった。こちらは八月八日に大阪 新歌舞伎座で再演が決まっている。
 また、今年七月の東京・観世能楽堂、十二月の大阪・大槻能楽堂では、社会的ブームを呼んだ漫画の能狂言化「鬼滅の刃」に、人気キャラクター、冨岡義勇役で出演する(兄の福王和幸とWキャスト)。「漫画が能になるなんて想像もつきませんでした」というが、出演が決まってから原作の漫画全二十三巻を読破した。
 「能にも鬼が出てくる曲がいろいろありますが、『鬼滅の刃』では多くの鬼が涙を流しながらこの世を去っていく。倒す方も倒される方も美しく滅びていく。そういうところに能との共通性を感じました」。
 新作能の役割を「古典ではできない題材や演出を試したり創造したりする上での試金石になる」という。「もうひとつは、能をご覧になったことのない方に能に触れていただく絶好の機会。原作のファン、能のファン、お互いに面白さを知ることができれば、それが一番いいですね」。
 コロナ禍で減ったとはいえ、昨年は年間約百二十番舞台に立った。大曲の舞台も増えている。そんななか、四十代の能をどう考え、作っていくのだろう。
 「自分の思いとしては、なるべく内から湧き出るような役者になれれば。ただ、そんなふうになるのはまだまだ先。いまは勉強し続けるだけです」。
 将来の大器は、謙虚に、まっすぐに、能に取り組み続ける。



インタビュー・文/亀岡 典子  撮影/後藤 鐵郎



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