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吉田簑紫郎

KENSYO vol.129
吉田 簑紫郎
Minoshiro  Yoshida




吉田 簑紫郎(よしだ みのしろう)
1975年大阪生まれ。1988年、三代 吉田簑助に入門。’91年4月、吉田簑紫郎を名のり国立文楽劇場で初舞台。2009年・2010年「文楽協会賞」、2012年「国立劇場文楽賞奨励賞」、2017年「咲くやこの花賞」及び「国立劇場文楽賞文楽奨励賞」を受賞。
2014年より国際交流基金の支援を受けてアジアツアーを実施、各国人形劇との文化交流を続ける。
2021年、自身の撮影による文楽人形の写真集『INHERIT』を出版。新たなフィー ルドで文楽人形を表現している。



新しい時代を作っていく多才な文楽人

 前衛的で美しいピアノの調べが仄暗い劇空間に満ちる。そこに現れた老女が昔を懐かしんで、ひとり舞う。老女はかつて絶世の美女と謳われた小野小町であった─。
 小町の人形を遣ったのは吉田簑紫郎。ピアノはパリを拠点に活躍する作曲家、ピアニストの中野公揮。五月のある夜、京都のロームシアターで行われた公演「Out of Hands」は実に刺激的で、中野が文楽の「関寺小町」をもとに作曲したアバンギャルドなピアノ音楽に合わせ、簑紫郎が関寺小町という老女の姿を通して、人間の老い、生と死、懐旧の情など、さまざまな思いを描き上げた。
 「公揮さんの音楽をもとに振り付けを考える作業は楽しかったですね。とても抽象的な音で、僕の好きな世界観とぴったりはまりました」と顔を輝かせて語る。「文楽人形の表現をもっと突き詰めていきたい。外での活動を通して、少しでも可能性が広がっていけばうれしいですね」
 昨夏にも斬新な挑戦を行った。気鋭の歌舞伎俳優、尾上右近の自主公演に出演し、歌舞伎の人気作「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)〜かさね」のヒロイン、かさねと、相手役の与右衛門の男女二役を右近とのダブルキャストで勤めたのだ。歌舞伎俳優と文楽人形の共演、しかも清元節での上演という画期的な舞台はまさに、「人間と人形の魂のぶつかり合い」(簑紫郎)ともいうべきものであった。
 「人間と人形では寸法も違いますし、どういうふうに見えるのかなあと不安もありました。しかも文楽人形の動きを一から考えてスケッチに描いて作り上げていくのも大変な作業。でも、それよりも、やってみたい、という気持ちの方が強かったんです」
 そう言いながら、ふっと、「師匠(吉田簑助)の若い頃はビデオもなかったのに、あれだけすごい芸や舞台を作り上げることができたじゃないですか。僕はそういう経験をしていない。それがずっと心に引っかかっていたんです。映像を見て動きをなぞって、というだけで終わりたくない。もっと創造的な表現ができればといつも思っていました」と言葉を紡いだ。
 そういう気持ちの中には、文楽人形が現代アートに通じる可能性を持っているのではないか、という思いがあったという。
 「もちろん、まずは文楽の舞台ありきです。すべては、基本をしっかり身につけてのことですが、そこから世界を広げていければと思っています」
 昭和五十年、大阪に生まれ、幼い頃、テレビで見た文楽人形に魅せられ、十三歳で人間国宝、吉田簑助に入門した。以降、女方から立役まで幅広く活躍。昨年の大阪・国立文楽劇場の初春文楽公演では「寿式三番叟」の三番叟を勢いよく勤め、文楽の新時代を担う人形遣いの一人であることを印象付けた。
 コロナ禍の前は毎年のように、バック パックを背負って人形遣いの後輩たち と、タイ、マレーシア、フィリピン、インドなどアジア公演を敢行。楽屋にサソリが出たり飛行機に乗り遅れたりトラブルに見舞われることもあったが、海外の人形劇の人たちと熱く交流しながら、世界でも珍しい文楽人形の魅力を伝え続けている。
 七月二十二日から国立文楽劇場で始まる夏休み文楽特別公演では、第一部の「かみなり太鼓」に出演、雷のトロ吉が空から落ちてきた太鼓屋の「おかあちゃん」を勤める。
 「四年前の上演の際も同じ役だったのですが、いつも思うのは絶対、前回より面白く遣おうということ。どんな役でも、やるからには、『この役、こんなにおもしろかったかなあ』とお客さまに思っていただけるよう勤めたいと思っています」
 時間があれば現代アートや映画を見に行く。数年前、「ポンヌフの恋人」な どで知られるフランスの映画監督、レオス・カラックスが文楽を見に来たことがあった。
 「カラックス監督の映画、大好きなんですよ。なので、彼がどんなふうに文楽を見て、頭の中でどんなイメージが湧いたのか、 考えるだけでゾクゾクしました。文楽もいろんな才能や人と出会うことで可能性が広がるように思います」
 文楽をどうしたら次代に繋げていけるかを常に考えている。「人形遣いって、こんな表現もできる、かっこいい仕事なんだって若い人に知ってもらえば、志願者ももっと増えると思うんです。そのためにも僕らの世代が頑張らないと」
 自身が撮影した文楽人形の写真からデザインしたTシャツ姿はなんともお洒落。新しい時代を作っていく多才な文楽人である。


インタビュー・文/亀岡 典子
撮影/墫 怜治




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