KENSYO>能狂言インタビュー バックナンバー
KENSYO vol.37
金春流シテ方
金春 欣三
KINZO KOMPARU
創成期の
エネルギーをもった
おもろい能を舞いたい
金春 欣三(こんぱる きんぞう)
金春流シテ方。1925年生まれ。 故78世金春光太郎の次男。父に師事。'30年「花筐」の子方で初舞台を踏み、'37年「羽衣」で初シテ。「石橋」「道成寺」「卒都婆小町」その他を披く。「奈良能に親しむ会」等、初心者向きの公演活動を積極的に展開。'98年勲五等双光旭日章を受章。

 満七十五歳。喜寿記念として『道成寺』を舞った。感動した観客から多くの手紙が寄せられ、電話もあった。「私にとっての『一生一品』となりました」と、自負と照れが入り交じった表情をみせた。
 「八年前にも舞いましたが、今回のような反響を頂いたのは初めてですね」
 道成寺縁起をもとに、裏切られた女の執念が描かれる。乱拍子の舞、テンポの早い急ノ舞、さらに、落下してくる釣鐘の中に飛び入ったりと、変化に富む。それだけ緊張も長く続き、気力、体力が必要となる。
  「この年齢で舞った人はないと思う。でも出来ないわけではないですよ」と前置きして、
  「鐘が落ちる瞬間に飛び上がるが、一番美しくみえるタイミングで飛ぶと鐘の内部で頭を打ち、次に下(床)にたたきつけられるような状態ですからね。七十歳を超えると骨ももろくなるし、脳しんとうを起こしやすい。危険もともないます」
  年に二回、解説も交えて行っている『奈良能に親しむ会』の特別公演として行った。当初、波乱の老女の能『卒都婆小町』を舞う予定だった。乞食となってさすらう百歳の小野小町が描かれる。老女物といっても劇的変化の多い大曲だ。しかし、まわりの強い勧めがあって、熟慮の末『道成寺』を決意した。
 能楽師の卒業認定の曲とも言われ、二十代から遅くとも三十代に初めて演じることが許される曲だ。通算、六回目。
  「『道成寺』という能は、すべての力(心身)を出し尽くすもの、しかし、この年になれば逆に『捨心』というのはどうだろう。『捨心の道成寺』という手立て、これはかえって今迄にない『道成寺』になるのではないか。そういう捨心が、感銘を与えたようです」
 金春流七八世宗家・金春光太郎八条の二男として生まれた。初舞台は五歳。けいこは、「自分で悟れ」方式だった。当然、厳しい。
 駄目な時は「あかん」の一言。どこが、「あかん」かは言わない。師である父やほかの先生のを見て、自分で会得するしかなかった。今ならさしずめ、「どこが悪いのか言ってもらわないと直しようがない」と不満が出るだろう。
 「不合理なけいこ方法だったが、そのかわり、分かった時はすっと体に入った。伝承の家のけいこはみんなそうだったと思う」
 父の口癖は「上手に舞わんでもええ。おもろい能を舞わなあかん」だった。おもろいというのは滑稽という意味ではなく、見る人の心を動かす味があるという意味だ。 「上手になると、おもろうなくなると、よく言っていました。」舞台の板の上をきれいにすっと歩くとか、格好良く舞うというのとは別のところに、『おもろさ』はある、という。
 室町時代の能役者で、大和猿楽の金春座中興の祖、金春禅竹の話になった。
 世阿弥の娘婿で恐妻家だったこと、一休和尚との親交など。そして、禅竹の代表的な著述『六輪一露之記』に書かれている禅竹の六輪一露の説について。
 禅竹が、密教の三摩耶形の水輪をかたどったという寿輪、堅輪、住輪、像輪、破輪、空輪の六輪の図と、一露(一剣)の図を中心に、能の本質や芸の境位などを究明しようと試みたものだ。
  「若いころ、六輪という考え方を読んで感動した。寿輪は真ん丸で、芸はまんまるい気持ちということ。芸が上がるうちに、像輪といういろんな姿になって、次にその像が全部消えて、これが本当というものが出来る。けど、それも本当ではなくて、また基の丸い気持ち、空輪になる。この間の道成寺が私の空輪やったんではないかな」と、自答するかのように話した。
 金春流は、五流の中でも謡や型に古い様式を残し、最も古風な流派と言われている。
 能発祥の地、奈良を拠点に、あえて『奈良能』と定義づけて、創成期の能にこだわり続けている。
 「奈良には洗練された優雅さよりも、それに勝る、発祥当時のエネルギーが伝承されているはず。というのが私のへ理屈で、自負でもあります」と、いう。
  話題が豊富で、「伝承の家に生まれた定めから逃れたかった」という子供時代から兵役についた第二次世界大戦の話、桜と紅葉の満開と散り際が三首づつ記載されている百人一首のことなど守備範囲は広い。裏方として、長年連れそってきた奥さんとの会話は、漫才のボケとつっこみのように尽きることがなく、「夫婦っていいな」と思わせるぬくもりがあった。やはり、能も家庭も人間次第なんだと改めて感じさせられた。

インタビュー・文/前田みつ恵 撮影/八木 洋一
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