KENSYO>能狂言インタビュー バックナンバー
KENSYO vol.40
福王流ワキ方
福王 和幸
KAZUYUKI FUKUO

我慢を突き抜け、
自らの道を辿る

福王 和幸(ふくおう かずゆき)
福王流ワキ方。1973年兵庫県生まれ。

福王流ワキ方十六世宗家福王茂十郎の長男。父に師事。4歳で初舞台、'83年「岩船」で初ワキ。'97年「道成寺」と「張良」、'98年「羅生門」を披く。'95年「大阪咲くやこの花賞」受賞。

 福王和幸さんの僧の姿は、ワキ方のさまざまな役柄のうちでも、もっとも美しい。いつの間にか、という感じで橋懸にあらわれ、音もなく風を切り分けるかのように静かに歩き、舞台の常座とも名のり座ともいわれる場まできてここでも静かに名のり、物語の流れのなかへ観客をみちびく。旅の僧だったりすると何か、ずうっと旅をつづけてきた、旅することが修行であろう僧の役柄が、不思議なほど自然に、上目の目線の甘い容貌の直面という面の薄皮一枚ほどの下からにじむ。上背のある端正で若々しい姿にも時折、老成のたたずまいがよぎる。
 脇座にある和幸さんを正面から見たい、と能楽堂の見所(観客席)の脇正面に座るファンも少なくない。しかしこの方は素人がどんなに賞めても、
「有り難いことですが」
と笑顔で前置きはするものの、
「まだまだです」
と醒めた表情。それは舞台の時と同じ、この若さで何かを突き抜けて悟り澄ませた僧のような感じがしてしまう。それがまた、舞台での魅力につながっていくのだろうか。
 とにかく、やかましいことはお嫌い。西洋音楽の大きな音は聞かないし、映画、テレビもほとんど見ない。四人以上集まり話すのは苦手。静かであるのがいい。
 一九七三年、福王流ワキ方十六世宗家、福王茂十郎さんの長男として、兵庫県西宮市に生まれた。三歳から父君を師として稽古が始まる。
 ワキ方としての稽古は謡から始まる。
 口移しで謡の数行ずつ教えられる。毎日、数行を重ねていって最後は、トータルに仕上げていくというやり方である。
 幼稚園から帰ってくると、稽古である。父君の稽古は厳しかった。この世界の方々にうかがうと、おおかたの人は一度や二度は、「祖父にひっぱたかれた」「父に打たれた」とおっしゃるが、和幸さんの父君の厳しさは半端ではなかった。叱声とともに物が飛んできた。稽古は痛かった。泣きながらの稽古であった。しかし、稽古は、毎日、終わるまでつづく。
 小学校の時から野球をやっていた。ふと、プロの野球選手になりたい、と思ったこともある。稽古のない所へ行きたい、このままどこかへ行こう、と何度も考えた。ともかく、少しでも遅く家に帰ろう。学校を出ると、ぐるぐると街を廻り歩いた。歩きながら口をついて出てくるのは謡である。いつしか、昨日習ったところをさらいながら歩き、家路を辿る毎日であった。
 高校時代はバスケットボールに熱中した。しかし、バスケットボールの選手になろうとはもう思わなくなっていた。その頃には、
「もう、あきらめがついていました」。
ワキ方の役がつき、次第に舞台に立つことが多くなっていった。東京芸術大学邦楽部に進んだ。出演の合間に通学となる。東京での能舞台をたくさん見て東西の違いも見聞した。大都会の空気も吸った。
 そして今、和幸さんは、若手として存在感の大きいワキ方である。ワキ方の本領は、
「座ってなんぼ、です。痺れますしね」
という。まだ足は痺れますか、と驚くと、このおばさん何いうてんのん、という感じで、
「そら、痺れますよ」とかえってきた。この磊落さもどこかクールである。そのクールさの底には、お客様の代表として演じ、お客様ともども物語の中へ連れて行こうとするワキ方の真摯な信念がひそむ。
 その日の舞台。その日の物語。序文ともいうべき、ワキ方の登場。和幸さんは、この曲がより良くなるように、今日はこのように謡おう、とさまざま考え工夫をするが、シテ方や囃子方の諸先輩、父君に、
「あたり前のことなのですが一度も賞められたことありません」。
 たまに舞台を見にこられたお母様が、和幸さんの姿形について的確な批評をされ、怖いな、と思う。その怖さは、乾いた心に落ちる慈雨のようなものである。
 二年前から、大阪で催される国立能楽堂主催の若いシテ方、ワキ方、囃子方の若手能に参加。和幸さんは企画力抜群のようである。舞台と見所をより親密につなぐためのトークショウ。舞台解説も出演者がして、パンフレットはイラストやマンガを駆使して親しみやすく。
 ファンが増え、ワキ方をやろうという若い人が出てくるのを待つ。厳しい。でも、がまんを突き抜けて見えてくるものはけして小さくはない。それに、ワキ方も座っているだけでなく『道成寺』『土蜘蛛』『葵上』など、立って動き表現できる曲は多々ある。
 観能料金はできるだけ低く、出演者がお客様を出迎え送り出すそんな能楽堂・・・。和幸さんのやさしい思いはまだまだ、ある。


インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/八木 洋一
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