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KENSYO vol.41
大倉流小鼓方16世宗家

大倉 源次郎
GENJIRO OKURA
能を舞台芸術の一つとして
多くの人に伝えたい


大倉 源次郎(おおくら げんじろう)
大倉流小鼓方十六世宗家。1957年大阪生まれ。十五世宗家大倉長十郎の次男。父に師事。'65年独鼓「鮎の段」で初舞台。'85年大倉流宗家を継承。通常の能公演はもとより、『能楽堂を出た能」をプロデユースし、 企画・演出・講演など、精力的な活動を行い、'87年大阪文化祭奨励賞、'92年大阪市咲くやこの花賞、'94年大阪文化祭賞(団体)、2000年『鷹姫』 により大阪舞台芸術奨励賞(団体)を受賞している。日本能楽会会員(重要無形文化財総合指定) (社)能楽協会教育特別委員会委員。

 薪能の季節がやってきた。笛や鼓の音に、風に乗って交じる騒音も逆に開放感を与えて心地いい。すっかり夏の風物詩になった。それだけで幻想的な気分を演出するかがり火の向こうで、繰り広げられる幽玄の世界・・・・。
 天守閣をバックに行われる「大阪城薪能」では、「俊寛」に出演する。
 平氏政権転覆を企てて鬼界ヶ島に流された俊寛ら三人のもとに赦免使が到着する。しかし、俊寛の名はなく一人島に残される。俊寛の悲嘆や絶望など極限に追いやられた人間の弱さが描かれる。劇的な要素の強い現在能だ。
 「演技の中に囃子の効果が直接入ってくる曲目です。物語を語る地謡と囃子のかけひきの面白さがひきたつ曲です。」と言う。ただ能舞台より広いスペースで、地謡と囃子の距離があいているのが、気がかりでもある。
 「私たちが能舞台で演じる能の面白さがどこまで引き出せるかがポイントです。本来能は野外でされていたのですが、音響・照明を使うなど、スケールはずい分違う訳ですから。」
 薪能をきっかけに能に興味を持った人は多い。反面、「薪能」なら見る、という現状があるのも事実だ。
 「薪能を好きなお客さんをどう能楽堂へ引っ張るか、考えないといけない時期にきている」と戒める。
 大倉流小鼓方宗家、十五世大倉長十郎の二男として、大阪で生まれた。謡のけいこから始め七歳で初舞台を踏んだ。子供のころ、家で遊んでいて祖父に怒られたことがあった。一瞬わけが分からなかったが、鼓が置かれている床の間に足を向けていたからだった。これは一例だが、ふだんの生活の中から「鼓を大切に扱う」という気持ちを持たせるためのしつけは厳しかったようだ。
 おかげで?能楽大好き少年は、高校時代には「勤労青年」となり、学費分を稼げるほどの活躍だったとか。学業がおろそかになってはと心配する両親には「落第したら退学する」と宣言して舞台に立っていた。そして、大学時代には自主公演を行い、以後も現代劇を中心に上演する小劇場など能楽堂以外での公演にも積極的に取り組んできた。上演が途絶えている曲の復活にも意欲的だ。一般向け能楽教室として笛、小鼓、大鼓、太鼓などの囃子の体験講座も始めている。
 今年、閉館になった大阪・天王寺の「近鉄アート館」では一九八九年から能公演をプロデュースし、「能を舞台芸術の一つとして多くの人に伝えたい。」と話していた。
 一昨年に大槻文藏氏演出で上演した能「鷹姫」では、平成12年度大阪舞台芸術奨励賞をスタッフとキャストが一同に受賞した。不老不死の水を求めて王子、空賦麟が絶海の孤島にやってくるという話。人類の永遠の課題ともいえる不老不死の欲望への執着や苦悩をテーマに能の面白さと演劇としての可能性を引き出して興味深かった。能楽堂と違う演出でスピード感があり照明を使った舞台はビジュアル的にも変化に富み引き込まれた。
 「実験というと無責任なイメージがして嫌なんですけれど、能舞台では出来なくなってしまったようなことも含めて取り組める新鮮な時間を作ってくれたので有り難かった。今は、一端、視点を能舞台での可能性を探る方向に置き換える時かなと反省も含めて思ってます。『鷹姫』は、昭和四二年の野村万之丞(現 野村萬)さん演出の初演以降各地の能舞台でやってるわけですからね。次の僕らの世代で一から何が出来るかと言われたら、まだまだ頑張らないといかんなあと思いますねえ」
 能の公演は作品重視だ。過去の事実を基にした伝説が戯曲化されて舞台化された。それが六百年の間にテーマが絞り込まれ、演出も洗練されてきた。その歴史の中で、日本人が何を考えて来たか、舞台で垣間見えてくる時がある。それが「能の面白さの一つ」だ。
 「演劇の基本である作品と役者と観客、この三位一体の舞台」が理想だ。
 公演スタイルは独特で、例えば、失恋という言葉を深刻に受け止める能と、笑い飛ばす狂言。同じ事象でも両極端に違う視点でとらえる能と狂言が同じ舞台で上演される。
 「世界中に発信できる芸術だと思います」と自負する。海外公演への参加も多く、六月下旬から七月にかけてモスクワで行う能公演では「善知鳥」に出演する。
 「日本では、能は昔からやってる変わらないものという感じですが、向こうの方はオペラやバレエなど自国の文化と比較してごらんになる。文化に対する認識が深いですよね」
 世界に誇れる日本の芸術。ユネスコが五月に発表した伝統芸能や民俗儀礼など世界の貴重な無形文化遺産の保護をうたった初めての「人類の口承および無形遺産の傑作の宣言」で「傑作」に指定された。
 能楽協会が、情報公開のためのホームぺージの立ち上げなど新たな改革に乗り出した矢先のことだ。
 「大きな意味で文化として能楽界全体のことを考えていかないといけない。能楽師一人一人は元気に活動していますが、組織としての連携プレーは苦手。協力するような形を作っていけたらいいなと思いますね」
 さらに「日本にこれだけオペラ劇場があることを思えば、世界の五大都市に日本の能や歌舞伎がちゃんと出来る劇場が建つ時代が来るとおもしろいですね」と、夢は世界へと広がっている。


インタビュー・文/前田みつ恵 撮影/八木 洋一

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