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KENSYO vol.44
観世流シテ方
大槻 文藏
BUNZO OTSUKI
「現代の息吹を持つ
能にしたい」
〜『菅丞相』五百年ぶりに復活〜
大槻 文藏(おおつき ぶんぞう)
観世流シテ方。1942年生まれ。故観世寿夫、故銕之亟、父秀夫、祖父十三に師事。'47年「鞍馬天狗」の稚児で初舞台。以来数々の舞台を披く。また、「苅萱」「鵜羽」「維盛」「敷地物狂」など、多くの復曲能、新作能に携わる。'78年大阪文化祭奨励賞、'97年読売演劇大賞、'98年文化庁芸術祭優秀賞、2000年度芸術選奨文部大臣賞ほか多数受賞。 (財)大槻清韻会能楽堂理事長。(社)能楽協会大阪支部長。

 勉学の神様、天満の天神さんとして崇拝される菅原道真の没後千百年にあたり、四月、大阪天満宮で「千百年大祭」が開催される。奉祝行事として百五十年ぶりに「寄進御能」を行うことになり、上演が途絶えている菅原道真を題材にした能「菅丞相」を五百年ぶりに復活させる。節付(作曲)や型付(振り付け)、演出、装束の選定も担当。「現代の息吹を持つ能にしたい」と、意欲的に取り組んでいる。
 陰謀により左遷され、筑紫で憤死した道真の怨念に悩まされ病気になった御門のために祈祷する比叡山の法性坊のもとに、道真の亡霊が現れ、無念の最後に至るまでのありさまを語り、勅命があっても祈祷のために参内しないように懇願する。しかし、勅諚を拒めない法性坊は内裏へ向かう。途中、法性坊の乗る牛車の前に火雷神を従えた道真こと菅丞相が立ちふさがるが、法性坊の説得に翻意して内裏まで送る。
 「師匠の法性坊の説得により、自分の生涯をかえりみれば功をなしたことはたくさんあり、それは師匠への恩であり御門への恩でもあると気づき、恨みを取り去る。御門も平癒し、天下泰平となる。そういう道真公に対して天満天神というものが贈られたという筋書きで、道真の苦悩や思いが切実に書かれている」と話す。道真に対する同情や徳を称えることで、彼によって泰平がもたらされたことを主張することが狙いになっている。
 現行曲では、室町後期に作られたと考えられる「雷電」があるが、これは「菅丞相」をコンパクトにしたもので「ショー的な見た目の面白さはありますが、道真の人間劇としてとらえた時には『菅丞相』の方が面白い部分がいっぱいあったんじゃないかと思います」と言う。
なぜ上演されなくなったかは分からないが「そのころの人にとっては、菅丞相の気持ちは周知のことだったので、くどくどと言わなくてもいいということになったのであろうと思いますけど、今、演劇として考えた時、もう少し、ちゃんとした言い方をした方がいいでしょうね」
 「菅丞相」は、謡本は残っているが、上演が久しく絶えていた。前半のキーポイントは「思いのあまりに一夜にして白髪になった」という部分で、白髪に白頭を使おうと考えている。
 「前半に白頭を使うことはないんですよ。白頭は本性をあらわした時、つまり、大きな存在として後半で着るわけなんです。それを前半にもってくるとスケールの大きさが出てしまう、すると後半をどうするかが問題なんです」と頭を悩ませる。どういう展開にするかで、節付も囃子も含めて全体の構成が変わる。
 「後半、道真が使う火雷神という雷を走り回らせ、道真は後ろでどしっと見てるような形にもっていくかな」と、大阪天満宮に残されている絵巻(今回のちらしなどに掲載)のイメージだが、どうなるかは見てのお楽しみ。
 復活、つまり復曲は三十年ほど前から言われ出し、大槻さんは二十年前から手がけている。興味を持ったのはもっと前。一九六十年に出版された岩波の「日本古典文学大系謡曲集上下」に収録された「笠卒塔婆」(現行曲「重衡」のこと)を読んだ時「これをやったら面白かろうなと思った」のが初め。
 復曲で一番大事なことは?
 「詞章(台本)に書かれた作者の意図をどう舞台にかけるかですが、平成の今の息吹をいれないと甦らせたことにはならない。古い資料のままやっても、それは復元であって、生きた能にはならない」
 復曲は六百五十年もの間に磨かれ、洗練された発声や動きなどの技術と手法を用いて、現代をどう表現するかに意義がある。
 「芸術というものは常に流れがあって、この流れが止まることは、よくないことだと思うんですね。そのためにも、復曲、新曲は大事なことで、いろんな視点で見ることは必要だと思う」
 能は史劇であり、心の情念を描く劇。例えば、世阿弥・作「井筒」は「伊勢物語」に書かれている女性を取り上げて書かれている。世阿弥が何を言い表したいために、その女性を書いたのかを考えて舞う。
 「復曲に携わると能の動きの一つ一つの意味をより深く読み取れるようになる。こう動くのは、こっちに対してどう影響するかとか、参考になります。若い人たちが自分で復曲するのは無理でも参加して見ることででもわかってくると思う。そういう観点からも復曲の仕事はしないといかんと僕は思ってます」と言い、復曲は再演・再々演が大事と繰り返し演者を変え行っている。
 「菅丞相」も同様に、野外だけでなく能舞台で上演する計画もある。


インタビュー・文/前田みつ恵 撮影/八木 洋一
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