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KENSYO vol.58
幸流小鼓方 成田 達志
TATSUSHI NARITA

憧れを力に変えて
進化し続ける
今注目の囃子方
成田 達志(なりた たつし)

幸流小鼓方。1964年生まれ。曽和博朗(人間国宝)及び正博に師事。2002年大倉流大鼓方山本哲也と「TTR能プロジェクト」を結成。(社)能楽協会大阪支部所属。大阪能楽養成会講師。
 成田達志さんの、舞台での表情は、ぴんと張り詰め、厳しくちょっとコワい。「笑いながら小鼓、打つ訳にはいかんでしょう」と破顔して、花が咲いたみたいにふうわりと優しく、笑い声は豪勢。丸い空気が転げてきて包み込んでくれる。先程の『船弁慶』の申し合わせ(舞台稽古)で聴いた小鼓の力強い掛け声、凛然とした美しい音色。そこにはいろいろな色が含まれていて、それらが場面場面にさまざまな彩りとなって輝き響く。

さて、この度の『船弁慶』は、通常の公演としてだけではなく、謡と小鼓の短期体験講座としても企画されたもので、主催はTTR能プロジェクト。達志のT、大鼓大倉流の山本哲也さんのT、REVOLUTIONのRを頭文字に二〇〇二年に結成されたもの。Rの「革命」は「能楽界の活性化」と解釈する方がより分かりやすいだろう。京都・大阪の能楽養成会で同期の達志、哲也の二人は能を広く普及し、同世代の能楽師の仲間を結集して活動を進めていこうと語らった。上方でいえば、船場、室町、西陣の旦那衆が能を楽しみ、会を盛り上げるという戦前の様相が変遷し、今は能を他の演劇と並ぶ公演としてファンを呼びさましていく時代。TTRは今年八月から九月にかけて、全く能は初めてという人々八十人を募り、観世流シテ方片山清司さんが謡、達志さんが小鼓で舞台創りを指南する画期的な取り組みを成功させた。受講生は八十代から二十代と幅広く九割方は女性だった。ミニ発表会で自らの稽古の成果を披露し、最後は講師陣の舞台を鑑賞し堪能した。短期ではあったが講師陣の熱意と凝縮した稽古の中で、参加した人達は「静」という女の悲しみを自分の内側に問い掛け「泣く」ということ、また後の場の知盛の「怒り」の意味合いを考え、自分自身の内的せめぎ合いを体験した。このところの、誰もがあらゆる事柄をすぐにも口にして発散するという世情の中で、中世、魂を根幹に大成した能の神髄を、少しは感じてもらえたようだ、と達志さんはいう。一所懸命に稽古し、苦しさをのりこえて、自らの舞台に皆さん自身が感動していた姿には、プロ、アマチュアを超えて心から嬉しかったという。

達志さんは、陽気な苦労人といおうか。六歳の時に両親が離婚。五歳下の弟が生まれて間もなくのこと、大阪茨木市の団地住まい、お母様は働きに働き学童保育所作りの運動もして二人の息子を育てた。父君は文化人類学の学者。「父はフランス人。顔は全くの日本人やけど」。フランス国籍を取得してかの地にお住まい。

母方のお祖母様が、小鼓の稽古を勧められたのは達志さん十歳の時。お祖母様は、達志少年の内側に欝屈する哀しみを覚っておられたのか。その欝屈が「わるさ」に向かわぬようにという思いからだったという。もともとお祖母様は小鼓をたしなんでいた方。幸流小鼓方、人間国宝曽和博朗師、子息の正博師に託された。京都は室町四条上ルの旧金剛能楽堂へ通う。正博師は二十歳半ば。稽古がすむと相撲をとってくれた。その後は喫茶店でチョコレートパフェをご馳走してくれた。大好きな先生だった。今から思うと「どこかにお父さんを感じていたのかも」。でも、十二歳の頃、稽古、相撲、パフェの甘い三セットは打ち切られ、達志さんは曽和家の内弟子となる。お母様が、玄人として立ち行くように望まれたのだ。弟の有辞さんも大鼓の道へ進んでいた。内弟子の達志さんは師匠のお伴であちこちの舞台へ。後見として最も近いところで師の小鼓を聴き、肌が粟立ち心が震える感動に満たされていた。

「こんなふうに小鼓を打ちたい」

憧れは修行の大事な栄養素。稽古や舞台ではいつも叱られた。お叱りがなければ、まぁ良いという毎日がつづく。そんなある日、師匠からとびきりの小鼓をいただいた。小鼓は何代も打ちつづけて音色がふくらむ。小鼓を分身として慈しみ小鼓が自分に寄り自分が小鼓に寄り一体となっていく。初代としての気概がそれをより高める。達志さんの音色は澄明さを増していく。望まれて喜多流シテ方友枝昭世師の『道成寺』の舞台を勤める。「やわらかい」。芯は強いのにたたずまいはあくまでやわらかく、乱拍子も人間ぎりぎりのびんびん張り詰めた緊張感を持ちながら、さながら舞のように魂をいざなわれていく洗練された美しさ。初めての世界を観たという。

「ああいうふうになりたい」という新しい憧れは達志さんをさらに鍛える。大鼓方の個性によって小鼓の打ち方を自在に変え、その日その日の舞台に全身全霊で向う。その姿は同世代のライバル達にとっても刺激となっている。

二〇〇六年正月二日のKENSYOスペシャル公演では、そんな切磋琢磨し合う仲間達が集う。笛・一噌幸弘、竹市学、小鼓・成田達志、大鼓・山本哲也、柿原弘和、太鼓・前川光範という、東西の個性豊かな面々による、夢の競演が実現。彼らとの共演は、また一つ達志さんを輝かせる力となるだろう。



インタビュー/ひらの りょうこ 撮影/八木 洋一

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