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KENSYO vol.77
納涼茂山狂言祭 特別インタビュー
大蔵流 狂言方 茂山 千五郎
SENGOROU SHIGEYAMA
ファンの期待に応える、
リクエスト狂言会によせて
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茂山 千五郎(しげやま せんごろう)
大蔵流狂言方。1945年四世茂山千作の長男として生まれる。父および祖父故三世茂山千作に師事。5歳で初舞台を踏む。1976年弟眞吾(現七五三)、従兄弟あきらと「花形狂言会」を発足、共に主宰する。1000年ぶりの復曲「袈裟求」をはじめ、SF狂言「狐と宇宙人」など復曲・新作狂言にも積極的に取り組んでいる。1986年京都市芸術新人賞受賞。1994年13世千五郎襲名、当主となる。同年「花形狂言会」を卒業。2004年京都府文化功労賞、2008年文化庁芸術祭大賞受賞。
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今年の「納涼茂山狂言祭」での、お客様から、茂山千五郎さんに寄せられたリクエストは、いつにも増して役柄の幅が広い。ちょっととぼけたお人良しの男から、たいそう威張っていてもどこか憎めない大名、盗人、目の不自由な座頭などなど、いわば狂言のあらゆるキャラクターを演じることとなった。それは、茂山家当主の後継者として生まれ、曾祖父、祖父母、両親に愛されながら、厳しい芸の道をひたすら歩んできた千五郎さんの六十年の芸歴を賞賛する狂言ファンの心映えともいえよう。
「お客さんの目から見られて選ばれたものですから、自分が好きなもの、得意なものばかりとは限りませんが」
そこが、このリクエスト狂言の面白さの極意のようだ。
まずは『口真似(くちまね)』。
「息子たちのお付きですわ」
親子が一緒に演じることをいつも喜びとして、またそれを大切に考える千五郎さんである。
太郎冠者が長男の正邦さん、主人が次男の茂さん。千五郎さんは客。楽しい酒を酌み交わせる人を探してこいと主人に言い付かった太郎冠者は、知り合いの男を連れ帰るが、主人は、太郎冠者に、この男は酒癖が悪いと叱り、自分のいう通りにいい、振る舞えと命ずる。面白くない太郎冠者は主人の言葉をすべて真似して、客に繰り返し、次第に混乱状態に陥り、それぞれの立場が滑稽に逆転していく。知らぬ間に、巻き込まれていく千五郎さんの客の表情は、想像するだけで笑いがはじける。
『豆腐小僧(とうふこぞう)』の大名も千五郎さんのはまり役だ。この妖怪狂言は京極夏彦さんの新作。
「ほぼ、役柄を決めて書かれたようです」
千之丞さん演じる、妖怪豆腐小僧に、最後には千五郎さんの大名がとって替わるまでの不思議な物語。あきらさんの演出で、どこか現代的ティストがちりばめられた、それでいて、昔、昔からあった古典の世界に引き込まれていく舞台である。その奇妙な不思議さは、千五郎さんの一点の邪気もない透明感に裏づけされて、美しいほどである。
「これはね、けっこう、しんどいんですよ」
前半で力尽きるほど動く『瓜盗人(うりぬすびと)』の盗人。
瓜を盗みに来て、案山子(かかし)を畑主と間違えて、平伏したり、案山子と知ってこれを壊したり。翌日、案山子になりすました百姓の前で、罪人が鬼に責められる祭の演し物の稽古をするうちに、百姓に追われる。陽気で善良なる小盗人のキャラクターを千五郎さんで見たい、とリクエストしたファンの気持ちが、そのまま舞台に反映されるにちがいない。
『月見座頭(つきみざとう)』は独特の狂言である。今という時代に、人の心の不可解に触れ、人と人とのつながりについて思いを深めるということでも、見ごたえたっぷりの演目である。中秋の名月。下京の、盲人の座頭が河原で虫の音を楽しむところへ、上京の男が来る。二人の男は、月見酒を交わし、謡い舞う。別れる時になり、上京の男の心に何が生じたのか。男はいきなりとって返し、座頭を引き倒し、帰って行く。先ほどの男と同じ者に殴られたとも気づかず、座頭は、人の世の哀しさを嘆く。
千五郎さんが座頭。上京の男は弟君の七五三さん。兄弟の息が合いつつも、妥協を許さぬ気迫の演技で、それぞれの個性が発揮されることだろう。
『雁礫(がんつぶて)』の役も、憎めない大名で、気性の良さが発揮され、千五郎さんにぴったりだ。弓矢で雁を狙っていた大名が、石礫を投げて、命中させた通りがかりの男を引き留め、雁を置いていけと脅す。仲裁人のとりなしによって大名は弓を放つが失敗し、男に取られてしまう。大名は、せめて羽箒にする翼だけでもくれ、と、追って行くというものである。
千五郎さんは、実は、リクエスト狂言は、花形時代に体験している。昭和五十一年に、七五三さん、従兄弟のあきらさんの三人で、花形狂言会を結成した。その公演で、あらかじめ十数曲の演目の装束など用意しておき、その日のお客様のリクエストに応えて、即、演じる、というものであった。
千五郎さんは、この度のリクエスト狂言には、いつにも増して意欲を燃やしている。
『菌(くさびら)』では、茸の精で、正邦さんの子息、双子の竜正(たつまさ)さん、虎真(とらまさ)さん、茂さんの長女の莢さんの孫が出演する。千五郎さんは、正邦さんと共に後見を務め見守る。そして、
「三代が同時に舞台に出るのですから」
と破顔する。
取っても取っても家に菌が生え、男が山伏に祈祷を頼むが、菌はどんどん増え、いたずらをして困らせるというもの。腰を落としてすり足で歩き回るたくさんの菌には、何度、見ても驚かされる。千五郎さんの従兄弟や甥たち、子息や孫たち。また、外から入門し、伝統の家の営みに力を尽くしてきたベテランの丸石やすしさんがおかしげな姫茸を演じる。そこに、千五郎さんが書生(内弟子)として育ててきた若い人たちも連なる。
見所も一体となって、その涼やかにめでたいいのちのつながりを楽しむひとときとなろう。
インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/八木 洋一
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