KENSYO>能狂言インタビュー バックナンバー



KENSYO vol.90
狂言方和泉流 
野村 太一郎
TAICHIRO NOMURA


狂言という大海原へ、出航のとき

野村 太一郎(のむら たいちろう)
和泉流狂言方。1990年生まれ。初世野村萬(人間国宝・芸術院会員)の孫、父は故五世野村万之丞(のちに八世野村万蔵を追贈)。3歳の時「靱猿」の子猿役で初舞台。2005年「三番叟」、2007年「奈須与市語」を披き、いよいよ今年11月、修業の最後の関門である大曲「釣狐」を披く。
 

おおらかで真っすぐな舞台姿は、祖父で人間国宝の野村萬の薫陶の賜か。
平成十六年、十四歳のとき、父、五世野村万之丞(没後、八世万蔵を追贈)を亡くした。以来、祖父と叔父、九世野村万蔵のもとで厳しい修業を積んでいる。「もともと祖父が孫に教えるのが慣例ですので、ずっと祖父に習ってきました。それまでも父に教えてもらったことはほとんどなかったんです」
万之丞は生前、生き急ぐかのように、狂言の可能性、普及、そして伝統芸能の発展のために、日本はもとより世界中を忙しく飛び回っていた。「ですから父と会話したこともあまりなかったですね」
それでも、二十三歳の若者の顔には父の面影がしっかりと宿っている。「額の髪を上げて、太ったら、そっくりになるってみんなに言われます」。和泉流のホープは素直な明るい笑顔を見せた。
父の他界は、当時十四歳だった少年にさまざまなことを思索させた。それまで狂言や自分の立場について、それほど真剣に考えたことはなかった。
「父が亡くなった翌年、『三番叟』を披かせていただくことになり、萬先生に稽古をしていただきました。その過程で、自分を導いてくださっている萬先生への思い、それから父がやりたかったこと、やり残したことについて、いろいろ考えさせられました」

和泉流狂言の名門に生まれたが、祖父は孫を特別扱いしなかった。十八歳になると同時に車の免許を取った。祖父の仕事の送り迎えのためだ。いまも、祖父が出かけるときは必ず運転手を務める。能楽堂への行き帰りはもちろん、祖父がプライベートで出かけるときも送り迎えし、用事の間は車の中で何時間でも待機。九州や大阪に出張する際は荷物持ちもする。
「お稽古をしていただくときは、事前に『この日とこの日のご予定はいかがですか』とうかがいます。もちろん、萬先生とお呼びします。身内であっても、それはとても大切なことだと思っています」
能楽師は修業時代、師の家に住み込んで掃除など雑用をしながら稽古をつけてもらう。書生と呼ばれる制度だ。太一郎は“御曹司”の立場でありながら、“書生”でもあった。しかし、そういう厳しい経験を積んだことは、今後の長い能楽師人生で大きな糧となっていくであろう。
もう一つ、大きな経験になったと思えたのは、大学生活だった。本当は大学に行くつもりはなかった。狂言師としての修業に没頭したかったからだ。ところが、祖父に「大学に行きなさい」と言われ、青山学院大学日本文学科に入学する。「井の中の蛙」にならないように、という配慮だった。
「子供のころから狂言をしていましたので、野村太一郎という狂言師がいつも前に出ていた。でも大学では一人の学生になれた。そこで同世代の若者達が伝統芸能をどのように見ているかを知ることができて世界が広がりました。私たちのやっている伝統芸能にいま何が必要なのか、どうすればもっと皆さんに親しんでもらえるのか、考えるきっかけになりました」

一番勉強になるのは舞台で祖父・萬の後見をしている時だ。萬が太郎冠者を演じた『清水』で後見を勤めたとき、つい観客になってしまうほど引き込まれたという。
茶の湯の会の準備のため、主人に水汲みにやられた太郎冠者が主人公。来客のたびに水汲みをさせられてはかなわないと、太郎冠者は清水に鬼が出たと嘘をついて水も汲まずに戻ってくるが――という話。
「滑稽な話が多い狂言のなかでも、笑いがすごく上品で、面も使うところも好きですね。祖父が演じると、ついつい引き込まれてしまうんです」
自身では、能の中の間狂言を演じるのが好きだという。「能は、シテ方・ワキ方・囃子方・狂言方と複数の分野が関わって一つの曲を作る総合芸術といわれ、その一つの分野を受け持たせていただいているということ。そして、前場を受けて後にきちんとつないでいかねばならないという役割。難しいですが、そういう緊張感がたまりません」
そんな太一郎がいま大きな目標にしているのが、十一月二十四日、東京の国立能楽堂で行なわれる「萬狂言特別公演 野村万蔵家祖先祭」で、大曲『釣狐』を披くこと。
「萬先生に、それこそ第一声から懇切丁寧に教えていただいています」
狂言師の卒業論文といわれる『釣狐』。この大曲を勤め終えると、太一郎はいよいよ狂言という大海原に出航していく。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一


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