KENSYO>能狂言インタビュー バックナンバー


フレンチレストラン
「epice(エピス)」にて
KENSYO vol.96
狂言方大蔵流 
茂山逸平
IPPEI SHIGEYAMA


狂言のない世界で
見えたもの
「能や狂言は美しい」

茂山 逸平(しげやま いっぺい)
大蔵流狂言師。1979年生まれ。2世茂山七五三の次男。
父および祖父故4世茂山千作に師事。1983年「業平餅」の童で初舞台。海外公演にも参加するほか、新作やテレビドラマへの出演も多数。2006年より「HANAGATA」を茂山正邦、茂山宗彦、茂山茂、茂山童司と共に主催。また、落語家三代目桂春蝶との『春蝶、逸平の一緒に遊びまSHOW!』シリーズや、日本舞踊の尾上菊之丞との『逸青会』など他ジャンルとのコラボレーションも積極的に行う。2011年京都市芸術新人賞受賞。

 

「千五郎家の人たちって、自分で言うのもなんですけどすごいんです」
 もちろん、知ってますとも。「いや、本当にすごいんですから」
「普段は意外とバラバラなのに、いざとなると、まとまるし助け合う。僕ら若手が何かしたいと言うと、千五郎の伯父まで来てくれるんです」。屈託のないうれしそうな笑顔を見せた。
 それこそが千五郎家の強み。そのことに感謝の気持ちを忘れない逸平の人柄の魅力でもある。
 茂山家は平成二十二年に千之丞、二十五年に千作と、長年日本の狂言界を牽引してきた大黒柱二人を相次いで亡くし、いま、新たな時代を迎えようとしている。三十五歳になった逸平にとっても、子供が生まれ、後継者を育てる立場に立ったという意味で、次のステージに上がったといえるのかもしれない。
「千作さんは根っからのアクター。千之丞さんは俯瞰で見れた人でした。二人からいろんなことを学び、影響を受けました。お客さんに楽しんでいただくことが第一。アドリブを入れてもお客様に楽しんでもらえればいい。これは祖父の考えでしたね」
 失敗もあった。「十五歳のときやったかな。楷書も書けないのに、祖父の真似をして草書で書こうとして見事にすべってしまいました」
 おおらかで明るい芸風、能楽堂に朗々と響く美声は狂言をするために生まれてきたよう。一方で、NHKの連続テレビ小説「ごちそうさん」などドラマでも活躍、伝統芸能の枠を超えた人気を得ている。
 これまで順風満帆に歩んで来たように見えた。
「でも自分の中ではさまざまな葛藤があったんです」と打ち明ける。
 二十代前半。千作と父・七五三のもと、稽古を積み重ねても思うように出来ない時期があった。いらだちが募った。
 ちょうどその頃、狂言師の卒業論文といわれる「釣狐」を披く。「『釣狐』をやり終わったら、自分の中で何かが変わると期待していた。でも何も変わらなかった」。心にぽっかり穴が開いたように思えた。
 そこで逸平の取った行動はー、なんとパリへの留学だった。「要するに、フランスに逃げたんです」。狂言のない日常、狂言のない世界を経験してみたかった。外から狂言を眺めると何が見えてくるのか、自分の目で確かめたかった。
 平成十八年から一年間、文化庁の新進芸術家研修でパリに留学。ヨーロッパの仮面を使った演技などを学んだ。
 結果、何が見えたのか、と聞くと、「能や狂言は美しい」。それが逸平が到達した一つの結論だった。「舞台上にいる人すべてが、登場した瞬間から退場するまできれいなんです。舞台上に目障りなものが何一つない」
 言葉が通じない外国人に狂言の演技法を教えるということは、日本人の初心者や子供たちに伝える訓練にもなった。それは狂言を自分の中で考えて咀嚼し、アウトプットする行為でもあった。「僕の体の8割くらいは狂言という確固とした芯の上に成り立っていることを再確認してきました」

 茂山家は個性豊かな狂言師揃いだ。舞台には人柄がにじみ出る。「父や伯父や上の世代の人たちのように、僕らの世代も人となりや個性がもっと出てくるようにならないと」
 そんな逸平独特の個性が発揮される狂言公演「春狂言」が、五月十日午後一時半と五時、大阪市中央区の大槻能楽堂で行われる。古典、新作織り交ぜたプログラムで、逸平は、昼の部で新作「彦市ばなし」の彦市、夜の部でも新作「おばんと光君」のほたる源氏を勤める。
 ともに逸平の当たり役。「彦市ばなし」は、うそつきの名人、彦市が天狗の子から隠れ蓑をだまし取り、殿様からは天狗の面と鯨の肉をせしめるのだが…という話で、昭和三十年に木下順二・作、武智鉄二・演出で初演。熊本弁を取り入れた、のどかでおおらかな笑い満載の人気作。
「おばんと光君」は、千之丞が「源氏物語」をパロディーに書いた新作狂言で、光源氏ならぬ、ほたる源氏(逸平)と、とうふの中将(童司)が刺激的な恋を求めたあげく、おばんの家で鉢合わせーという話。
「僕がほたる源氏の狩衣の衣装を着ると、なぜか、ばかっぽくなる。目指すのは、さわやかなすけべです」と笑わせる。
 現在は年間およそ三百番もの狂言を勤める多忙さ。
 そんな中での楽しみは、「日本酒かワインを飲みながら本を読むことかな」
 さわやかな笑顔を残して京都の町に消えていった。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一


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