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豊竹 英大夫

KENSYO vol.33
太夫 豊竹 英大夫
Hanabusadayu Toyotake

文楽はサイケデリックの極地

豊竹 英大夫(とよたけ はなぶさだゆう)

3世。1947年4月16日、大阪に生まれる。10世豊竹若大夫の孫。1967年8月、3世竹本春子大夫に入門、英大夫を名乗る。翌年4月、大阪毎日ホール『増補大江山』(戻橋)の左源太で初舞台。1969年7月、4世竹本越路大夫の門下となる。
1971年国立劇場奨励賞、’78年文楽協会賞、1994年第13回国立劇場文楽賞奨励賞を受賞。

「ど派手な色彩、大夫の声の大きさ、三味線の音色、荒唐無稽なストーリー、大の男三人で動かす人形。文楽はサイケデリック」
義太夫語りの大夫、十世豊竹若大夫さんを祖父に持つ。家にはお弟子さんがおり、幼いころから耳にしていたが、「古めかしいもの」という感覚しかなかった青春時代。不条理劇が好きで、ブームだったサイケデリックに魅了され、抽象的な詩を書くなど小説家を目指し、同人誌も作っていた。
「僕は三十年前にサイケにはまったんですけど、最近、また、はやっているそうですな」
それが、なぜ、文楽の世界に?
高校を卒業してから、祖父の弟子だった豊竹呂大夫さんに勧められて、改めて、文楽を見てびっくりした。サイケデリックに感じていたのと同じ世界観が文楽に重なった。
舞台セットは、奥行きがないのに単純な遠近法で、ふすまを何枚も開けて、奥に座敷がたくさんあるようにみせる。衣裳にいたっては常識を逸していることが多々ある。
お家騒動をめぐる「伽羅先代萩」では、乳母の政岡が、息子の千松が幼君の身代わりで死んだ時、回りに人がいる間は黒紋付で気丈に振る舞うのに、あたりにだれもいなくなった途端に、紋付を脱ぎ、真っ赤な襦袢姿で千松を抱き、泣き崩れる。
「あの衣裳の使い方なんか、サイケデリックそのもの。常識の枠を超えているけれど、それが逆に訴える力を持つ」
「これなら文楽も小説を書くためにいい勉強になると思った」という。

一九六七年に祖父の弟子だった竹本春子大夫さんに入門し、翌年、「増補大江山」の(戻橋)の左源太で初舞台を踏んだ。後に竹本越路大夫さんの門下になった。
両師匠の元で合計七年間、内弟子に入り、芸の前に礼儀作法から厳しくしつけられた。だが、もともと小説家になる夢を胸に秘めていただけに「こんな世界に、このまま、いる気はない」という気持ちだった、と明かす。一度、意を決して「やめたい」と、師匠の部屋まで行った。が、その時、用事をいいつけようとしていた師匠に、運良く?名前を呼ばれ、機会を逃してしまった。
「それで、そのまま来たんですけどね。この二、三年、そのまま来て良かったと思いますわ。この仕事、難しいし、かなりのレベルがないとサイケの極地にはいけない。そこがいい、ということが分かりました」
義太夫節は、哀しい場面でも大きな声で叫ぶように語る。常識的に考えたら、もっと切なくいえばいいようなものだが、叫ぶことで逆に、悲嘆さが出て、情念を突き破っていく。 「そういうとこに、サイケを感じるんですなぁ」という。大きな声で、三味線や人形と競演し、一つの作品を作り上げる。

それもこれも、技術があってこそ成り立つ話。まして、あんなに大きな声は容易には出ない。出たとしても、すぐに声がかれてしまう。
「大夫は、生まれ持った声だけでは勝負できません。声と違うんですわ、浄瑠璃は息なんです。もう一つ、のどに”楽器“を作らないとだめです。でないと、あんな大きな声は出ません」
その“楽器”を作るのに、「二十年はかかります」。声が出るようになってから、いろんなバリエーション(型)を覚えて行く。それでやっと、枠(型)を破れるようになる。
祖父・若大夫さんゆずりの豪快さを感じるが、枠を破るには「まだまだ修行の身です」という五十二歳。文楽、浄瑠璃は単なる遊芸ではない「祈念の精神」である、という評論家の言葉を例にとり「命がけのもんなんですよ」という。
なんでも、スピーディーをよしとし、簡単に手に入れようとする。手に入らないものには手を出さない。そんな傾向が強い現代では、ちょっと考えられない世界でもある。しかし、「だからこそ、面白い」というのだ。

七月十七日から八月八日まで、大阪・日本橋の国立文楽劇場で行われる「文楽夏休み特別公演」の第三部「曽根崎心中」に出演する。主人公の徳兵衛と遊女・お初が心中する「天神森の段」で、人間国宝の人形遣い・吉田玉男さんが遣う徳兵衛を語る。
道行をする徳兵衛が「のぞみのとおり、そなたと共に、一緒に死ぬるこのうれしさ。冥途にござる父母に、そなたを会わせ嫁姑………」というくだりにポイントを置き、自身の個性を出すという。
義太夫節を交え、大きな声で、快活に話す。「内向的だった」少年時代、文楽に入ってから「芸の肥やしになった」という放蕩、八年前にC型肝炎になったのをきっかけに「一クリ(一応クリスチャン)」を返上、毎朝のお祈り「早天祈祷」に通い、賛美歌や聖書を元にした新作義太夫の創作など、話題はつきない。そんな英大夫さんをみていて、ご本人が「サイケデリック」そのもののような印象を受けた。



インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一



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