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吉田 簑紫郎

KENSYO vol.36
人形遣い 吉田 簑紫郎
Minoshiro Yoshida

文楽界の新しい風

吉田 簑紫郎(よしだ みのしろう)

1975年5月2日、京都に生まれる。
1988年7月、現吉田簑助に入門し、1991年4月、簑紫郎と名乗り大阪国立文楽劇場で初舞台。

人形浄瑠璃文楽の人形遣い。小学校三年生の時にテレビの文楽中継で時代物『本朝廿四孝』の〈八重垣姫〉を見たのがきっかけで、この世界に飛び込んだ。
上杉謙信と武田信玄の勢力争いを下敷きにした作品。現在の師匠である吉田簑助さんが謙信の娘の八重垣姫を遣っていた。
「単純に人形がきれいで、仕掛けに興味を持ったんです。もともと手作業で何かを作るのが好きだったし、どういう細工になっているのかを知りたくなったんです」

自然と文楽を見に行く機会が増えた。弟子入り志願をしたのは中学一年生の時だった。簑助さんに「あしたから楽屋においでえなぁ」と言われ、大阪公演の度に通うようになった。師匠の着物をたたんだり、楽屋の掃除、人形の小道具を運ぶのが仕事だった。
「舞台を見るのが好きで、人形をいじりたくて、いじりたくてしょうがなかった」と、当時を振り返る。学校が休みの日は、朝早いうちに掃除を済ませ、「みんなが来る前にこっそりさわったこともある」と打ち明ける。

少し慣れてきたころ、舞台での補助的な仕事も任されるようになった。小道具などの出し入れは、大夫のせりふを合図に渡す。浄瑠璃本(床本)を読んで、一応の準備はしているのだが、「せりふを聞き逃してしまったとか、失敗は数えきれないほどありました」。先生役は兄弟子たち。「一度、注意されたことは二度と失敗したらあかん」と、肝に銘じていた。「でも、やってしまうんですよね。二回目に失敗した時は本当に怖かった」
本格的に修業を始めたのは、小学校を卒業した1988年。義太夫、三味線、人形実技など三業を中心とした文楽全般を二年間で学ぶ研修生制度もあったが、簑助さんにあこがれてこの世界に興味をもった経過と、「一日も早く人形を遣えるようになりたい」との思いから、直弟子になる道を選んだ。

文楽人形は、頭と右手を担当する主遣いと左手の左遣い、そして中腰で両足を持つ足遣いの三人で一体を持つ。最初は、舞台にちょっとだけ出て、すぐに引っ込む役で足を持たせてもらった。
「(人形が)止まってんのか、歩いてんのか、わけがわからんかった。足遣てても、お客さんは、人形ではなくて僕を見てるような気がして緊張してました」と笑う。
1991年、現在の簑紫郎を名乗って初舞台を踏んだ。
足遣いは主遣いの腰に密着して人形の足を持つ。それだけに「邪魔にならないように、主遣いの息(呼吸というか動くリズム)を覚えんとついていかれへん。でも、存在感もいる」。また、失敗談になるが、急に、『伊勢音頭恋寝刃』の主人公・福岡貢役の足を遣うことになった時のこと。物語の最後に、貢が狂ったように刀を振り回す場面がある。確かに動きも激しいのだが、「この、一番大事な場面で師匠をこかしてしまったんです。相手を切らなあかんのに、舞台から消えてしまった。すぐ立ちましたが、僕はパニックになって楽屋に帰るの怖かった」

四月で初舞台から九年になる。一月末に大阪・国立文楽劇場で行われた「第十八期文楽研修修了発表会・文楽既成者研修発表会」で、時代物『一谷嫩軍記』の『熊谷陣屋の段』で、熊谷次郎直実の家臣・堤軍次の主遣いに配役された。見せ場のある役ではないが、武士らしい品格があった。
今、「もっと芝居がしたい」という欲求を募らせている。
若手が集まって行う自主公演「十色会」や学校公演などが挑戦できる場所だ。芸の未熟さはあるが、若いエネルギーが舞台にあふれて活気がある。「年に2、3回やりたい」と話す。
初めは女形志望だったが、今は立ち役を希望している。やりたい役は『冥途の飛脚』の忠兵衛や『伊賀越道中双六』の十兵衛。型から入る時代物より、心情から作り上げる世話物をしたいという。
「師匠の遣う人形を見ていると、感動して鳥肌が立つ。そんな風に見てもらえるようになりたい」。目指しているのは、「守りに入ってない芸」だ。
一方で、若者らしいいらだちもある。「足十年、左十年もしくは十五年」と言われる修業をないがしろにするわけではないが、「文楽は、歌舞伎や狂言人気の陰に隠れている。若手で革命を起こしたい。難しいとか堅苦しいというイメージを払しょくしたい」
そんな簑紫郎さんを、兄弟子の簑太郎さんは「素直な個性というか、品がある。作ってできるものではないんで大事にして欲しい。ただ、師匠の〈息〉を学べるのは足を持っている時なんで、足をみっちりやったほうがいい。主遣いになった時のためにもね」
ただ、簑太郎さんも「中堅、若手での公演をしたい」と、活性化を口にする。師匠らが活躍する公演と並行して、新たな試みに挑む時期にきているのかもしれない。



インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一



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