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中村 鴈治郎

KENSYO vol.38
中村 鴈治郎
Ganjiro Nakamura

肉体が滅びる時がゴール

中村 鴈治郎(なかむら がんじろう)

成駒屋。1931年12月31日、京都市に生まれる。1941年2代目中村扇雀を襲名し初舞台。1990年3代目中村鴈治郎を襲名。重要無形文化財保持者(人間国宝)・日本芸術院会員。

当代を代表する歌舞伎俳優の一人。役柄は多岐にわたり、赤い振り袖姿のお姫様から武家の奥方、世話女房、傾城などの女形はもちろん、上方歌舞伎の和事の色男など二枚目立役でも活躍している。昨年の「仮名手本忠臣蔵」では敵役・高師直を演じて好評だった。上方歌舞伎の俳優は、立役も女形もこなすのが伝統でもある。

それにしても、もう、初めて演じる役などない、と思っていたが、年末年始にかけて、初役が続く。十二月の京都・南座の「顔見世興行」の舞踊劇「道行旅路の花聟・落人」の勘平役と、母子の再会を描く「良弁杉由来」の渚の方役。そして、来年一月の大阪・松竹座では「金閣寺」の雪姫役に挑む。
「みんなに(初めてだということを)ウソだと言われるんですよ」
ただし、「良弁―」の渚の方は、以前、中村歌右衛門さんの代役で演じたことがあるが、その時は、再会の場面「二月堂」だけだった。今回は、その前の場面「志賀の里」から上演する。
武家の奥方・渚の方は、わが子をワシにさらわれた悲しみから気が狂い、子供を捜してさまよい歩く。それから三十年、今は正気に戻り、たどり着いた南都東大寺で良弁上人と出会い、わが子だと知る。
若い武家の奥方から老け役まで演じるのもみどころだが、「志賀の里からやった方が、お客さまに分かりやすいと思いますから、そうして欲しい」と提案した。
「丸本(脚本)に忠実に、人物像を明確に出すように演じる方が、お客さまによく分かると思うんですよ。もちろん、現代性も考えてテンポアップしないといけませんが」
歌舞伎には〈スター芝居〉という側面もある。役者が映えるようにストーリーを改変することもある。しかし、「丸本を大事にして、ストーリーを見せるというのが上方歌舞伎の特色です」と話す。
「丸本重視」の原点には、劇評家で演出家の武智鉄二氏との出会いがある。
一九四九年、十二月に大阪・文楽座で「第一回武智歌舞伎」が上演された。扇雀の名前で、役がつき始めていたころだ。「実験劇場」として始まった企画で、若手が起用された。扇雀もその一人だった。
いい作品を作ることに情熱を傾ける武智氏の紹介で、各分野の名人のけいこに通った。

人形浄瑠璃文楽の義太夫語りの二世豊竹古靱大夫や八世竹本綱大夫、能楽師で金春流シテ方の桜間道雄各氏ら、そうそうたるメンバー。
「歌舞伎を好きというか、この道で行こうと思うきっかけになりましたね。マンツーマンで教えて頂き、伝統芸術の素晴らしさを教わりました。あれがなければ、こんなに深く歌舞伎を好きになって、この道で一生やっていこうとは思わなかったでしょうね」
こんなエピソードもある。綱大夫の弟子だった織大夫さん(現・綱大夫)に、「そんなけいこしてもらったことない」と、うらやましがられるほどだった。
また、先代井上八千代さんのけいこでは「やめよかと思うほど怒られました」と言う。歌舞伎舞踊は藤間流でけいこしていたが、井上さんから腰の座り方や間、イキを習得した。
「十八歳から三年間通いました。人生で一番、修学にいい時期に教えて頂けました」。武智歌舞伎で上演した「熊谷陣屋」の藤の方や「野崎村」のお染役で注目を集め、中心的な存在となった。
そして、一九五三年の上方歌舞伎東京公演で、近松門左衛門原作の「曽根崎心中」の遊女・お初役に抜てきされた。連日、大入り満員で、〈扇雀ブーム〉のきっかけとなった。

二年後、東宝へ移籍して、「歌舞伎をもとにした国民演劇」を目指す〈コマ歌舞伎〉や映画に出演し、松竹製作の南座の「顔見世」にも出ていた。その後、フリーを経て、一九六七年に松竹へ復帰したのだが、まさに“アイドル”だった。その時、「スターというのは虚構の世界。自分の将来は自分でしっかり見極めよう」と、人生の設計図を書いたと言う。
「私は人生の転機を二十年周期と考えたんですよ。世に出たのが二十一歳の時でしょ。ありがたいことでしたし、ブームにも乗らせて頂きました。その経験をもとに、四十、五十代でまとめて、最後の方向に凝縮していく。六十代に、自分の見極めた方へ向かう。今、その最後の段階に入ったとこです」
五十歳直前に結成した「近松座」は、来年で二十年を迎える。義太夫では字余りで七五調になりにくいといわれる近松の言葉を大切にして丸本重視の上演を続けている。
「なれると味があっていいんですよ。近松語を使う歌舞伎を、いわゆる商業演劇として上演したい。こういうことをやってる人間は、肉体が滅びる時がゴール」と、まだまだ夢は尽きそうにない。



インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一



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