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市川 染五郎

KENSYO vol.42
市川 染五郎
Somegoro Ichikawa

自分に見切りをつけつつ、
可能性を創り出していく

市川 染五郎(いちかわ そめごろう)

高麗屋。1973年1月8日東京に生まれる。九代目松本幸四郎の長男。1979年3月に松本金太郎として『侠客春雨傘』で初舞台。1981年10月に『仮名手本忠臣蔵』七段目力弥で七代目市川染五郎襲名。1995年には舞踊の松本流家元・松本錦升も襲名。1999年から南座で「花形歌舞伎」として、中村翫雀、中村扇雀、中村橋之助らとともに歌舞伎の名作を掘り起こし復活させようという意欲的な舞台を展開する。

たった今、夜の部の舞台がすんだばかり、香木に点いた煙がひと筋ゆらめくようにすっとあらわれた染五郎さん。連続で数々の役柄を演じたあとなのに微塵も疲れを見せぬ静かな「素」の姿が綺麗。天が恵与したその姿形の綺麗を自然に持ち合わせる植物のごとく。若さも抑制されてぎらぎら照らずすがすがしく匂いたつ。その雰囲気がさっき拝見したばかりの芝居の中の役柄の姿とうまく重ならず眩まされたような気分になる。それはとてもミステリアスに魅力的である。ファン層のひろい染五郎さんの役者としての時分の魅力とはこういうことか、とあらためて実感する。

たとえば、さっき染五郎さんが演じた『お染の七役』での鬼門の喜兵衛はちょっとユーモアもあり情もある、しかし名うての悪役。
「喜兵衛の年齢と染五郎さんの実際の年齢との差はずいぶんあるようですけれど。喜兵衛はもっと年かさですよね」
こんなぶしつけな質問にも、
「あれは高麗屋の家にゆかりのある大きな役柄ですから。ここに黒子を付けているのは、初演を演った五代目に実際に黒子があったので」
高麗屋の継承者としての骨格を示す答えがかえってきた。もちろん染五郎さんの左眉の上に黒子はない。喜兵衛を演じ風格と存在感で客席をうならせたという高麗屋五代目松本幸四郎さんの左眉上にほんとうにあった黒子。その黒子が舞台で喜兵衛という人物の凄味を引き出した。今日、染五郎さんの喜兵衛にあったぷっくりとした黒子もまた、その役柄の人間像を印象づける重要なディティール。
表情豊かで華やぎのある舞踊。風格ある武士、横柄な商人、高貴な二枚目・・・一日の舞台でさまざま異なる役をやり、観客の目、先入観を「裏切る」極意。代々つづく歌舞伎の家のいにしえとこれからという未来を結ぶ中心点に在る染五郎さんならではの、生き生きとした歌舞伎の面白さであった。

市川染五郎さんは、昭和四八(一九七三)年東京に生まれる。歌舞伎の名家高麗屋である。染五郎さんの初舞台は昭和五四(一九七九)年。『侠客春雨傘』に松本金太郎として出る。父君は九代目松本幸四郎さん。名優として名高かった祖父君は松本白さん。
歌舞伎の家に歌舞伎をやるべくして生まれた染五郎さん。幼い頃の日々はほかの家庭の子どもたちのありようとはずいぶん違ったかもしれないが染五郎さんは他との比較をするような子ではなかった。歌舞伎が好きで好きでたまらなかった。三味線や鳴物そして舞踊の稽古にも励んだ。好きだから出来るという実感は理屈抜きのものである。六歳の時に『勧進帳』の弁慶に憧れた。今から思えば、
「六方を踏むところが良かったのでしょう」
昭和五六(一九八一)年、『仮名手本忠臣蔵』七段目の力弥役の折、七代目市川染五郎を襲名した。平成六(一九九五)年には舞踊松本流家元に。

染五郎さんは歌舞伎以外での活躍もめざましい。昭和六一(一九八六)年のシェークスピアの『ハムレット』は話題を呼んだ。十四歳の時で世界最年少のハムレットである。歌舞伎化された『葉武列土倭錦絵』ではハムレットとオフィーリアの両方を演じた。その後の十年間のハムレット公演で、自分自身で芝居を創っていき役になりきることを存分に身をつけた。そして二十四歳で一応の区切りをつけハムレットと訣別した。
染五郎さんは他にも音楽劇や新派、翻訳劇や創作劇にも多々出演。演出や作家で活躍中の宮本亜門、ジェームス三木、三谷幸喜各氏の作品に出演し好評を呼ぶ。また、テレビ、映画でも活躍。その折々に染五郎ファンが増えていく。しかし、それだからといって染五郎さんは、歌舞伎の宣伝のために出ているつもりはまったくない、と明言する。
「単にぼくはミーハーだから」
その舞台、その画面で喜んでくださる方々があれば嬉しい、それだけだ。

三十歳が間近か。
「自分に見切りを付けたい」
剃刀のような言葉が出る。いつまでも自分に期待するばかりじゃなくて見切りをつけつつ可能性をどう創りだしていけるか。前哨戦の一つとして十月、京都南座で『花形歌舞伎』がある。今年で三年目。それ一本で演じきる通し狂言。江戸時代のあまり定かでない台本や絵図面をもとに花形世代の役者たちと一から創りあげていく復活狂言である。
今年は『木下蔭真砂白浪』という通し狂言で、数ある石川五右衛門もの狂言の決定版。染五郎さんは、智将真柴久吉役。知恵者で戦さ上手のこの役に染五郎さんがどんな眩ましを見せてくれるか、楽しみ。翫雀さん、扇雀さん、橋之助さんと熱演の火花を散らす。宙乗り、大立ち回り、涙もあり。起伏やテンポに工夫をこらしたり。歌舞伎が初めての人、若い人たちにも、
「すべてが見どころです!」
染五郎さんの意欲は満々である。



インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/八木 洋一



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