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尾上 辰之助写真/松竹株式会社

KENSYO vol.44
尾上 辰之助
Tatsunosuke Onoe

四代目 尾上松緑襲名を前に
静かな自信と気迫が漂う

尾上 辰之助(おのえ たつのすけ)

音羽屋。1975年2月5日東京に生まれる。初代尾上辰之助の長男。1981年2月に尾上左近として『親子連枝鶯』で初舞台。1989年6月に舞踊の藤間流家元・藤間勘右衛門を襲名。1991年5月に『対面』五郎、『勧進帳』義経で二代目尾上辰之助を襲名。1902年5月四代目 尾上松緑を襲名。

九州は福岡、博多座に出演中の二代目尾上辰之助さんを訪ね、この五月の四代目尾上松緑襲名に向けての心境をうかがった。すっきりとした風姿、まっすぐな目の色、落ち着いた語り口。青年のかぐわしさと控えめだが熟成していく静かな自信が共存。二七歳での大きな襲名へのこれも静かな気迫が伝わる。一昨年末、松竹株式会社の永山会長から、松緑の襲名を示唆された時、自分にはまだ早いとためらった。尾上菊五郎さんに相談すると、「いいじゃないか」と即座にいわれた。
「菊五郎兄さんの後押しもあって」 
決心が固まる。十二歳で父君初代辰之助を、十六歳で祖父君二代目松緑を喪なった少年時代から、菊五郎さんは心のささえであった。舞台だけでなく日常も変わらず温かい人柄。ああいう人間になれたら、と尊敬してきた。ぼくが女性だったらきっと惚れてしまうだろう、という。

辰之助さんは幼い頃からウルトラマンに憧れるように父に憧れ、歌舞伎役者になろう、と思っていた。その父が亡くなり、とたんに現実に直面する。相次いで祖父も亡くなり、よるべない思いにさらされ芝居への意欲が醒めていく。稽古にも身が入らず舞台は「うんざり」だった。父が演じた大役を与えられ、父と同じように「できないのかい」との批評がくわえられたりする。父、祖父の一生懸命やれ、の教えを守ろうとする一本気な少年の心は頑張れば頑張るほど金縛りにあったようになり、先輩方も代々のファンも、みんなが自分を駄目だと思っているようで、つくづく人前に出るのがいやになっていた。ぼくはいつか芝居やめちゃうんだなぁ。そんな時、
「肩の力抜いて、気楽にやれよ。そんなに早くうまくなれるわけないじゃないか」
菊五郎さんの言葉ですっと金縛りから放たれた。これがなければ、ほんとうに芝居をやめていたかもしれない。菊五郎さんは「おまえの父親は」といったような事は一度もいわず「おまえはおまえ」と一人の人間として認めてくれ、また一度も、頑張れとはいわなかった。そうして「おじい様、お父様は知らないけれど、今の辰之助さんが好き」という新世代のファンが出てくるようになり、少しずつ自信が生まれてきた。

襲名披露の演目は豪華である。代々の豪放な役柄が揃う。『勧進帳』の弁慶はすでに何度もやってきたもの。しかし何といっても大曲。六方を踏んでキモチいいだろうと思われそうだが、キモチいいなんて思ったことはなくむしろ憂欝なくらい、だという。辰之助さんの一生懸命で真摯な姿勢がつづいている。また『義経千本桜』では本物の忠信、長袴の忠信、白狐の三つをこなす。そして物心つく頃に見た父君の蘭平のかっこよさを偲ぶ『蘭平物狂』。五十年前、祖父君が完成した家の芸である。起伏に満ちサスペンスな物語。力強いだけでなく「狂い」を見せる大立ち廻り。
今、これを演じるのは坂東三津五郎さんと辰之助さんのみ。絶やしてはならぬ大切な役柄である。舞踊の藤間流六代目家元として踊る事はあるが歌舞伎ではあまりやらない女形、『船弁慶』の静御前。後の知盛。どれも気が抜けない。
「よほど自分をだいじにしないと」
自分をだいじにする事が周りの人達をだいじにすることに通じる。辰之助さんの本来のしなやかさ、やさしさ、そして強さが舞台に発揮されるだろう。 

襲名を報告した時、お母様は、
「おめでとう。しっかりね」  
といってくれた。でも、
「これはぼくの憶測ですが、おふくろは、内心、複雑かもしれません」
襲名となれば諸先輩方、スタッフ、ファンの大きな力添えをいただき、内では妻がしっかりとささえ役をする。辰之助夫人素子さんは今、準備に余念ない。
「おふくろにも、父のためのその役割を果たさせてやりたかったな、と思います」
父君への三代目松緑の追贈にはその思いも込められている。

役者としてのこれからへの思い。
例えば映画『エレファントマン』『プラトーン』を見て衝撃を受けつつ、演じてみたいと考えるハンディを持つ人、心に深く傷をもつ人の役柄。そういった人たちに「頑張れ」というおこがましさではなく、その役をやる事でお客様のハートをつかまえられたら嬉しいなぁ、と。役者欲かもしれないけれど。また公害、薬害、子どもたちのひきこもりや不登校。自分が好きになれず苦しむ若者たちに興味、関心を持つ。もともと、
「ぼく、人間が好きなんだなぁと思う」
荒事を演じて戻りビールを飲みながらイギリスのケルト音楽を聴くのが楽しみ。東北や沖縄の民謡にも似たやさしい音色。
全国で、四代目松緑との出会いを求める、心やさしい人々が待っていることだろう。



インタビュー・文/ひらの りょうこ



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