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KENSYO vol.49
中村 時蔵
TOKIZO NAKAMURA

役と役者の年輪が
重なるような
域をめざしたい

中村 時蔵(なかむら ときぞう)
萬屋。1955年4月26日東京に生まれる。
四代目中村時蔵の長男。
'60年4月、三代目
中村梅枝を名乗り『嫗山姥』の童で初舞台。
'81年6月に『妹背山』のお三輪、『小猿七之助』の滝川で、五代目中村時蔵を襲名。
'96年国立劇場優秀賞など、多数受賞。

「小さい時から、いろんな方々にいろいろ教えていただいて、父が早くにいなくなったことで、得した、ということかなぁ」
と思えるようになったのは二十六歳、昭和五十六年、『妹背山婦女庭訓』御殿のお三輪、『小猿七之助』の滝川で五代目時蔵を襲名した頃であった。美貌とたおやかさ。女形として人気を博した父君四代目時蔵さんに「似ている」といわれた。父君が三十四歳の若さで急逝されたのは時蔵さん六歳、お家芸の『嫗山姥』の童などで三代目中村梅枝を襲名して二年もたたない時であった。これから父に習う、という年頃である。父の舞台をつぶさにみたり稽古をつけてもらった記憶はないが、
「歌舞伎の血、というものでしょうか。父の跡を継承することに何の迷いもなかった」
周りは父をなくした幼い時蔵さんを、
「哀れんでくださり…、いろいろ教えていただきました」
時蔵さんは役が決まるとかならず、相手役の人に、どなたに教わったらいいのか、相談した。紹介してもらった先輩のお宅を訪ねて教えを請い、あるいはその方のお弟子さんに習い、後で見てもらう。時蔵さんの熱心さに先人たちが応えてくれた。
「知らないことは教わらなきゃいけない」
曖昧なものを残さず徹底して役の中身を把握する。早くから身につけた役者魂である。
幼い頃に指導をしてもらった十七代目中村勘三郎さん。子息の勘九郎さんは同い年。勘三郎さんの『鏡獅子』では二人で胡蝶を踊った。勘三郎さんは叱らない人だった。
「いいよ、いいよ」と賞めておだててやらせる、という人だった。時蔵さんは、どんな時もあきらめずにやり抜く気概を育まれた。
女形として最初に薫陶を受けたのは、六代目中村歌右衛門さんである。国立劇場が主催の若手歌舞伎役者を育てる杉の子会。『本朝廿四孝』の八重垣姫を懇切丁寧に教わった。女形の台詞、体の動きや所作。そして「気持ちがだいじ」ということ。十六歳の時である。歌右衛門さんは「好きなようにやっていいよ」とアバウトな自由を認めた。でも、自由にやってしまうと叱られた。「これだけは、どうしても、やんなきゃいけないというところ」。
継いでいくものと、個性と。時蔵さんはこのせめぎ合いを追求していき、いくつもの女形の役柄の気持ちをだいじに演じてきた。なかでも歌舞伎十八番の一つ『鳴神』の雲の絶間姫は当たり役となる。最初の相手役は五代目中村富十郎さん。時の天皇への恨みから北山の滝壷に竜王を封じ込め一滴の雨も降らさぬ鳴神上人。民百姓を旱魃から救うため送り込まれ、上人を色仕掛けで堕し封印の注連縄を切り雨を呼ぶ絶間姫。上人のみならず観客をもぞくっと酔わせ魅きつけ、高貴なたたずまいの底から色香を放つ。でも、時蔵さんは、こう見せようとか、こんなふうに綺麗にやろうとかしているわけではないという。十二代目市川團十郎さんとともに市川家のお家芸、『鳴神不動北山桜』の通し狂言を演じた時、時蔵さんは絶間姫の人間性をしかと掴んだ。これには『鳴神』で絶間姫が上人を堕すに至る前段の恋物語が秘められている。ほんとうは好きな人のために北山へ赴く絶間姫。その物語は知っていたけれど、実際に、團十郎さんと一緒に演じる舞台の中で、絶間姫のたてまえと人を堕していく両面を自分のものとして実感できたという。その役柄の人物が生きてきた道のりを辿り、その折々の気持ちをだいじにすることから、時蔵さんのさまざまな女形が形づくられ息づいていく。
女形の最高峰は「片はずし」。奥女中の役柄。『加賀見山旧錦絵』で尾上を演じた時、晩年の、車いすの歌右衛門さんが教えてくれた。時蔵さんは、その時、思いを語った。
「片はずしは娘、お姫様、女房、芸者など女形がこれまで培ってきた人生の集約。赤姫が上品に年を取ったような。役と役者の年輪が重なるような域をめざしたい。赤姫の気持ちや動きで片はずしを演じていきたいのです」
「大丈夫だよ、それで」
歌右衛門さんの一言で方向性が定まった。いくつもの制約の中で自分らしく生きようとしてあるいは傷つきあるいは笑い嘆き、年を経てなお失わぬみずみずしさ。そんな女の人生のような巻いた髪の輪を笄が貫き髪の余りが右片方に流れる。片はずしという髪形。時蔵さんは自分の顔に合う髪の輪やたぼの大きさや形を専属の床山さんと工夫を重ねている。それも役になりきっていくたいせつな仕事。
そんなすてきな時蔵さんが七月、数年ぶりに松竹座にくる。『女伊達』では男っぽくもあり女らしさもたっぷりの女侠客。また女形ならではの公家の柔らかさをかもす落武者維盛役の『義経千本桜』。『名月八幡祭』での粋な深川芸者。本水を使い涼しい舞台になりそうだという。三つの役柄を演じ、お客様に存分に楽しんでいただくべく、時蔵さんは全体の舞台づくりにも意欲をもやしている。


インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/八木 洋一

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