KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー

KENSYO vol.53
三味線 
鶴澤清志郎
SEISHIRO TURUSAWA

自らを冷静に分析する
若き努力家

鶴澤 清志郎(つるさわ せいしろう)
'74年4月1日長野県に生まれる。
'92年国立劇場文楽第15期研修生となる。
'94年鶴澤清治に入門、清志郎と名乗る。
同年6月、国立文楽劇場で初舞台。
'99年因協会奨励賞、
'02年より三年連続で文楽協会賞を受賞、
'04年国立劇場文楽賞文楽奨励賞、
平成15年度大阪舞台芸術新人賞を受賞。
文楽の三味線弾きになって十年。「自分も舞台を一緒に盛り上げているんだという自覚が持てるようになりました」と話す。
今まで自覚がなかったわけではない。むしろ、芸の厳しさを人一倍感じ、研さんしてきたはず。
今年、一月の公演「壇浦兜軍記・阿古屋琴責の段」で、琴や三味線、胡弓を順次に弾く三曲を担当した。主人公の遊女・阿古屋が三曲を奏でることで心意気をみせるという重要な場面だ。品良く、哀切も漂う出来栄えで好評だった。
「琴は苦手な分、早めに取りかかったので(演奏が)安定したのかもしれません」
公演の二か月前に役割が発表されてすぐ、けいこを始めた。教えてくれたのは経験豊かな兄弟子の鶴澤清介さん。重要な場面、切場を語る豊竹嶋大夫さんとコンビを組む大先輩だ。
「お琴のけいこを朝二時間、夜一時間の計三時間、三味線と胡弓を一時間ずつやり、別の作品のけいこもあったので、手のあいている時間はできるだけけいこにあてました。おかげで、三曲に対する怖さが少なくなった様に感じます」
国立文楽劇場で七月十七日から八月八日までの「夏休み文楽公演」でも、第二部「生写朝顔話」のクライマックスを野澤錦糸さんの三味線で人間国宝の竹本住大夫さんが語る切場「宿屋の段」で、琴を弾く。運命にほんろうされる男女の恋物語で、ヒロインの深雪の悲劇と情熱を描く場面だ。すっかり境遇の変わった朝顔(深雪)が琴を弾きながら歌うくだり。
「身分の高い娘だったのが目も見えなくなって、身分の低い芸者のようになり、恋人の作った詩を弾くんですが、歌いながら泣いてしまうような、憂いのある感じを出せればなと思います。先輩の隣に座ってやるというのは勉強になります。力の差のある人とやるわけですから、どうしても足を引っ張ることになるんですけど、リードしてもらい何とか弾けるようにまとめてくださる。少しずつ兄さんたちのやっていることの難しさが分かるようになりました」
琴や胡弓など作品の途中に、太夫、三味線の舞台である床へ出て演奏するのは若手の仕事だ。昨年の公演では、三味線の連れ弾きや琴・胡弓などを弾く場面の多くを担当した。メリヤスという御簾内での伴奏はリーダー格だ。音楽的な面で三味線の力が発揮できるのは、太夫や三味線が居並び掛け合いをする道行などの景事だ。三味線は中央から順番に五、六人並ぶ。昨年から三番目に座る機会も増えた。
「僕の下が来るまで四年間あり、同期がいなくて一人だったので、いろんな作品を経験させてもらえた。景事も三枚(番)目ぐらいになると、やっと主体性を持って舞台をみるようになる。それまでは、自分の力を意識せずに、ついていってればすんでいたが、(一枚目の)師匠がやろうとしていることを理解しないと次(四、五枚目)に伝えられない。シンになる方がやろうとしているのと同じレベルで弾くことを意識するようになりました。責任を感じます。この間の『義経千本桜』で二枚目の(竹澤)弥三郎さんが休まれて、(鶴澤)寛治師匠が僕に代役をやらしてくださった。ありがたかった。どれだけ答えられたかわかりませんが、レベルの違いは歴然で、音にしても間合いにしてももっと練り上げないと合わない。自分の力を上げないとだめなんですよね。背伸びしてでもやれるように意識が上がると、自分の力も伸びるかもしれません」
人形浄瑠璃芝居が盛んな長野県飯田市の出身で、小学校卒業まで詩吟や舞踊を習い、中学から地元の「今田人形座」で人形遣いをしていた。高校卒業後、「人形遣いになろう」と国立劇場と文楽協会による文楽養成の研修生になった。が、一年後「義太夫の三味線に男らしさを感じた」と、方向転換した。
「良かったのか悪かったのか、分かりませんが、やりがいはありました。課題が多く、出来ないことが多かったのが良かった」と振り返る。
今は「やればやるほど、やれないことが分かり、落ち込んでしまう。イメージと感覚が先行して、出来ないことを感じてやめようかと思うこともある」とか。そんな時に限って、必ずといっていいほど国立劇場文楽賞奨励賞や文楽協会賞などを受けた。
「精神的にぎりぎりの時に賞をもらい、やめずにすんだのかもしれない。まだどこかみどころがあるのかと思わせてくれて、ありがたい」とも言った。
背筋を伸ばしピシッと床に座り、まっすぐ前を見て三味線を弾く姿からは、うかがい知れない厳しさがある。
「小さいころから一つ上の兄に何をやっても勝てなかった。何かで他人に勝ったことがありません。自分の才能も分かってるし、ずるいんですけど、素質がなければ努力している姿でレギュラーを勝ち取ることもありじゃないかなと思うんです。怠け者なんで、自分を追い詰めてからコンプレックスで動くタイプです」と言うが、努力も才能のうちだ。
舞台に出ている以外は、三味線を弾いているか、舞台を見ている。
「劇場にいる間は文楽のことだけを考えていたい。一時間でも多くかかわっていたい」
話の端々から、今が伸び盛りの熱気を感じた。

インタビュー/前田みつ恵 撮影/八木 洋一

ページTOPへ
HOME


Copyright(C) 1991-2008 SECTOR88 All Right Reserved. 内容を無断転用することは、著作権法上禁じられています。
セクターエイティエイト サイトマップ