KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー

KENSYO vol.57
中村 勘太郎
KANTARO NAKAMURA

優しい語り口に、
歌舞伎への熱い思いが
溢れるよう

中村 勘太郎(なかむら かんたろう)
中村屋。1981年10月31日東京に生まれる。 十八代目中村勘三郎の長男。’87年「門出二人桃太郎」の兄桃太郎役で二代目中村勘太郎として初舞台。 ’04年NHK大河ドラマ『新選組!』の藤堂平助役、野田秀樹作・演出舞台『走れメルス』など、歌舞伎舞台以外にも幅広く活躍中。著書には『歌舞伎の名セリフ』がある。

その日は、東京、浅草神社の三社祭であった。歌舞伎座の隣りのカフェテラスで待っていると、 「三社祭のお神輿を担いできました」 と中村勘太郎さんは、祭のはっぴ姿でやってきた。浅草の賑わいを涼風のように漂わせ、そのまま、舞台に上がって行けそうないなせな姿だった。  父君、中村勘九郎改め十八代目中村勘三郎さんの、歌舞伎座での三ヶ月にわたる襲名披露公演は大人気で続き、いよいよ佳境に入ってきた。長男の勘太郎さんはこの日、昼の部と夜の部のあいまをぬって三社祭に出向いたのだった。きりりと折り目正しい様子と綺麗な言葉づかい。舞台でも町の中でも勘太郎さんは人々に求められ好まれているようだ。 「初めての身内の襲名披露ですので、とても大きなものを感じています」 弟の二代目中村七之助さんとともに、父君の傍に付いている。 「父のパワーは大きくて。それとあらためてお客様のパワーのすごさも感じる毎日です。応援してやろう、盛りたてていこう、というお気持ちがもうお祭みたいに舞台にとどいてきて。ぼくも大きなお役をいただいて、幸せです」 大役のプレッシャーは?の問いに、それより幸せな思いの方が勝る、と頼もしい返事が返ってきた。『菅原伝授手習鑑』車引では梅王丸。『弥栄芝居賑』中村座芝居前では、中村座の若太夫。寛永元年(一六二四)、初代猿若勘三郎が猿若座の櫓を上げたのが江戸歌舞伎の始まり。三代目が中村勘三郎を名乗り中村座となって今日までの歴史を刻んできた。芝居はそのルーツと現在とを結び寿ぐというもの。舞台と客席は、リアルタイムの襲名祝いの華やぎに盛り上がる。今、ここで、こうして芝居をやれるのは、ご先祖、先人のお陰だと勘太郎さんは毎日、感謝を込めて演じているという。夜の部は野田秀樹氏脚本、演出の『野田版 研辰の討たれ』。若き武士才次郎役を演じる。役者一人一人の思いを第三者的、客観的な視線で促え舞台を創っていく演出家の存在が芝居をより大きく広げることに、勘太郎さんは深い関心と共感を覚える。NHKテレビドラマ、三谷幸喜氏作『新選組!』に、歌舞伎を離れて一年間、出演したことも大きな収穫だった。さまざまな分野で活躍する人たちとの出会いのエッセンスは体の中に全部しみこんでいる。それを歌舞伎の舞台でどんな形に活かすかはこれから。より多くの、今を生きている人たちとの出会いが勘太郎さんのエネルギー源になっている事は確かだ。生身の人間が動く舞台が好き。お客様の一瞬一瞬の反応に応え一体になった空気が流れている、そういう芝居がますます好きになってきた。  常にお客様の反応を吸収してそれをパワーに変え客席にはね返していく姿勢、お客様を包み込んで、その日その一刻を「一緒に生きよう」という父君の胸の内が、この襲名披露公演でより鮮明に感じられるようになった。 やさしい人であるためには強くなくてはならない。一緒に生きる、まわりの人を慈しむ。 「それは愛ですよね」 「そうですね、愛ですね」 勘太郎さんは、ふわりといった。  舞台以外での父君はフツーのお父さん。 「ちょっとおかしなところもあって」 ちょっとおかしなところって、それは、舞台での、何ともいえないユーモア、とぼけたところだったりするのかもしれない。祖父君、十七代目勘三郎さんもやさしい人だったが、舞台は別だった。『盛綱陣屋』の盛綱の子、小三郎を勘太郎さんが演じた時、座る位置が違う、といってこっぴどく叱られ、押入に逃げ込んだ。三歳の時だった。五歳の折、祖父君は他界された。やさしさ、きびしさ、すべてが勘太郎さんの心身に折り込まれている。  若手が中心となって行われる、新春浅草歌舞伎。リーダーはいなくて、一人一人が研究し語り合って舞台を盛りたてていく取り組みが注目されている。勘太郎さんは、同世代の人たちに見てほしいと思う。「時間がなく、宿泊するにもお金がたいへん、なかなか東京へ行けない、私たちの町へ来てください」。そんな手紙がとどく。あの町この町へ出かけて行く歌舞伎、新しい時代の新しい出会いを探り求め、勘太郎さんたちは語り合っている。  七月。大阪松竹座での十八代目中村勘三郎襲名披露公演。勘太郎さんは『寿曽我対面』で曽我十郎、『野田版 研辰の討たれ』の才次郎。いずれも市川染五郎さんの兄弟役。その他「口上」はもちろん、「宮島のだんまり」にも出演する。すてきな先輩と一緒に演じるのが楽しみだという。 「大阪の町は大好きです。魂は熱いし」 舞台の熱気と客席の熱気がぶつかり合って、めくるめく大阪の真夏を華やかに彩り、楽しませてくれるだろう。

インタビュー・文/ひらの りょうこ

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