KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー

KENSYO vol.59
坂東 三津五郎
MITSUGORO BANDO

地元・観客との一体感
“こんぴら歌舞伎”の魅力

坂東 三津五(ばんどう みつごろう)
大和屋。1956年1月23日、東京に生まれる。
翌年3月、曾祖父七代目三津五郎に抱かれ、
1歳にして『傀儡師』の唐子で舞台初御目見得。
’62年9月五代目坂東八十助を名乗り、『鳥羽絵』の鼠、『黎明鞍馬山』の牛若丸にて歌舞伎座で初舞台。
以後八代目が初演した舞踊『馬盗人』を復活上演するなど、家の芸にも意欲的に取り組んでいる。
2001年1月、十代目坂東三津五郎を襲名。。

 東京は青山。穏やかな小春日和のある日。坂東三津五郎さんとお会いしお話をうかがった。三津五郎さんには二〇〇一年の十代目襲名の直前に大阪でインタビューさせていただいた。あの日の語り口は、天明二年(一七八二)年からの歌舞伎の名家大和屋、坂東三津五郎の名跡を継承する士気にあふれていた。厳格で折り目正しい格式を踏襲しながらも、この数年に和やかさ優しさを重ねられたのだろう、今日、剛と柔を併せ持つ役者としての歌舞伎界での存在感の大きさを間近に嬉しく拝見した。
 三津五郎さんは、この春、四月六日から二十三日までのこんぴら歌舞伎、香川県琴平町の金丸座第二十二回公演で座頭を勤める。
「座頭といってもね、とくにそれを、そう意識しているわけではありません」
ただ、準備はもっとも早く後片付けは一番最後まで末端で働く人達の事はいつも頭に入れていて、例えば時間の設定などはその人達が少しでも余裕を持って動けるようにと配慮している。
 三津五郎さんは、この公演に、『浮世柄比翼稲妻』を演目の一つとして提案した。浅草の薄暗い裏長屋に三津五郎さんの名古屋山三が下女のお国と貧乏暮らし。傘をさし、盥を吊す雨洩りの日に、吉原の葛城太夫が名古屋山三を見舞い花魁道中をしてのける。降りしきる雨にさらされ今にも崩れそうなドブ板。そこを行く花魁の豪華さとのアンバランスの妙味。それは闇に生き晴れに生きる生々しい人間模様、心模様を余すところなく見せる、まさに剛と柔ないまぜの世話物である。
「舞台と客席が近く、大見得切るよりもっとリアルで写実的な芝居でお客様と一体になれるのが金丸座の特徴です。舞台も客席一緒に江戸時代に立ち戻れる、独特の空間ですから、この芝居は、ぴったりですね」
 一生に一度は詣りたいこんぴらさん。春ともなればこんぴら詣りをして温泉につかり、翌日は歌舞伎を楽しむという全国からのお客様を迎えるこんぴら歌舞伎は昭和六十年に始まった。金丸座は、天保六年(一八三五)に建てられた日本最古の芝居小屋。老朽化により四年間をかけた復旧工事は昭和五十一年春に完成した。芝居小屋としては初めての国の重要文化財に指定されている。宙乗りやぶどう棚という吹雪や花を散らす道具もあらたに発見された。仮花道と花道の二つの花道に役者が立ち、そこをぎっしりと埋めるお客との密度の濃い芝居空間が、この度も存分に楽しめる事だろう。
 こんぴら歌舞伎は行政はもとより、町の商工会の青年部、ボランティア達がチラシ作りからお茶子や裏方を務めている。その営み自体が町興しの原動力になっている。
「私たちも町の人達と交流会をしたりボーリングをしたり。ホテルでもコックさんが、気をつかってくれて、和食ばかりじゃなくハンバーグなんかの西洋料理を出してくれたり。嬉しいですよね、町ぜんたいの雰囲気が温かくて。だから、お練りの時なんかも、もう、町ぐるみですよ。子どもも大人も紙ふぶきを作ってくれて」
お練りは四月五日。舞台さながら、役者と人々が一つの息吹で町中にたちのぼるだろう。
 三津五郎さんは、このこんぴら歌舞伎には平成二年、十五年に参加している。この度の主な出演者は市川亀治郎さん、市川海老蔵さんである。
 海老蔵さんといえば、平成十六年五月、東京歌舞伎座での新之助改め十一代目海老蔵襲名興行の時、父君の十二代目市川團十郎さんが初日から九日目に病いに倒れられた。
 その朝、三津五郎さん宅に火急の電話が鳴る。今晩からの『勧進帳』の弁慶、團十郎さんの代役を勤めてもらいたいと。それを引き受けた時、三津五郎さんの脳裏にひらめいたのは、幼なくして父君を亡くし、先輩に頭を下げ通し自らが十二代目襲名を成し遂げた團十郎兄さんの姿であった。そしてこの度の子息の海老蔵襲名には引き幕の絵も手ずから描くという慈愛に満ちたお父さんとしての顔も見せた。それが舞台を休まねばならない運命にいかばかりか。三津五郎さんは、自分が弁慶をどう演じるかという事には全く無心に、ともかくこの興行を成功させなければ、と念じた。義経は尾上菊五郎さんだ。思えば『勧進帳』こそ安宅の関で富樫と初対面、ピンチを切り抜ける弁慶の知恵と勇気と義経への忠と情の世界。稽古もなく迎えたその夜の舞台でまさしく初対面の如く、富樫の海老蔵さんと目と目を合わし男同士の合図を交わした。海老蔵さんを守り立てた真摯な舞台。観客席からは大きな共感の拍手がわいた。
 江戸時代に生きた人々。今、支え合い生きる人々。心はひとつだ。三津五郎さんはとてつもない大きな心の持ち主。その魅力、こんぴらさんの春に陶然と花ひらくだろう。



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