KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー
中村雀右衛門

KENSYO vol.61
中村 雀右衛門
NAKAMURA JYAKUEMON

人間国宝 中村雀右衛門の
心の奥底に横たわるもの

中村 雀右衛門(なかむら じゃくえもん)

京屋。1920年8月20日、六代目大谷友右衛門の長男として、東京に生まれる。
1927年、東京・市村座で大谷広太郎を名乗り「幼写劇書初(おさなもじかぶきのかきぞめ)」の桜丸で初舞台。その後、1964年歌舞伎座「金閣寺」雪姫、「妹尾山」お三輪で四代目中村雀右衛門を襲名。
重要無形文化財保持者(人間国宝)、日本芸術院会員。2001年文化功労者、同年日本俳優協会会長に就任。2004年文化勲章。ほか多数受賞。
 「ずっと幸せでした。今も幸せですよ」
 柔らかな口調とともにしみじみ呟く、
 「でも、今がいちばん怖いですね」

 四代目中村雀右衛門さんの二つの言葉は矛盾しているように聞こえる。でも、それは、大正に生まれ、昭和の戦中戦後、平成という激動の時代を生きてきた歌舞伎役者としての、一人の人間としての中村雀右衛門さんの半生を表わす重い言葉なのであろう。

 逃れる壕の中にも弾は撃ち込まれ隣にいた戦友が死ぬ。昭和十五年、二十歳で誰もがそうであったように「お国のために」と戦地へ赴く。トラック隊の軍曹だった。雀右衛門さんは九死に一生を得て敗戦、翌年にスマトラから東京へ復員した。お母様は長男の生還を喜ばれた。
 早くも東京では歌舞伎復活の活動が始まっていた。雀右衛門さんは歌舞伎役者としての再出発の相談に、のちに岳父となる七代目松本幸四郎さん、また幸四郎さんの三男二代目尾上松緑さんを訪う。二人の答えは揃って、
「女形としてやっていきなさい」

 漠然と立役を考えていた雀右衛門さんは驚いた。二十七歳であった。もとより幼少の頃から義太夫、長唄、囃子の稽古に励み、舞踊は自ら望んで藤間勘祖さんの門を叩いた。昭和二年、七歳で『幼字劇書初』の桜丸で初舞台。以降、子役を経て活躍。一方で、野球、サッカーが得意のスポーツ少年で、大人になってからもオートバイなど乗物関係を好んだ。女形の道を進む事になり、それらはみなやめた。
「ただただ、先輩方の教えを聞き、女形の芸をなぞる毎日でした」
 岳父幸四郎さんはもとより、その長男十一代目市川團十郎さん、三つ年上の六代目中村歌右衛門さんなどが常に励ましてくれた。
 「名人に囲まれて、それは幸せでした」

 それでも、これでいいと思える女形の境地には至らず、もうやめようと思った事もある。
 くっきりと美しい輪郭にまるで一瞬一瞬、花が咲きつなぎ、その香りが柔らかなぼかしを掛けていくような、ちょうど白粉を塗り刷毛でぼかしていき目張りの紅を挿す綺麗な化粧のような、優しい優しい雀右衛門さんの女形の世界。筆者の私事ではあるが、若い頃、南座での三代目市川壽海さんの相手役の雀右衛門さんの女形に、女よりも美しい女の姿を観ていた。でも、雀右衛門さんは、今なお、まだ自分の世界には達せず「あやしいものですよ」という。謙虚でいらっしゃる、というと「謙虚じゃありません」と強く否定された。

 謙虚、といった、そんな一言ですまされるようなものではない、もっと別のものが雀右衛門さんの胸底に沈んでいるのが分かった。きっと、戦地での七年は、雀右衛門さんの心に、戦後の歳月を超えるほどの長く深い翳りを落としているのだろう。多くの戦友、親しい友を亡くし、また戦後に知り合った多くの友人との別れ。生きている分だけ哀しみを心に重ねてきたのだ。雀右衛門さんの、生きてあればこそ演じられる女形にあだおろそかに満足できない思いは、喪った多くの命の重さをずっと背負いつづけてきたからなのだ。

 ゆえに雀右衛門さんは自らの運命には逆らわず素直に従い懸命に励んできた。昭和二十五年頃から、映画に出演するようになった。「佐々木小次郎」の小次郎役で一躍、映画スターになる。時代劇三十本。田中絹代さんとの共演の現代劇にも出演した。そののち当時の松竹の大谷会長の勧めで大阪へ移り住み、上方歌舞伎の立役、市川壽海さんの相手役を十年近く勤めた。柔らかくも凛とした女形は上方の歌舞伎ファンを魅了する。当時の観客は「メチャクチャ」に沸いた、という。戦後復興の勢いとともに、歌舞伎の華やかさへの憧れが人々を陽気にしたのだろう。雀右衛門さんは、あの頃のお客様の様子は、舞台の楽しさを率直に喜んでくれる今の歌舞伎座のお客様と似ているという。

 やがて東京へ戻り、昭和三十九年、四代目雀右衛門を襲名。さらに女形を極めていく。「女形の雀右衛門」の名を馳せてもなお、雀右衛門さんの心には幸せと怖さが共存する。人間国宝に選ばれた時、また数々の授賞にも「私でいいのだろうか」とその度にたじろいだという。怖いという思いは生死を超えた命への畏れであろう。雀右衛門さんの幸せと畏れの心はたゆまず女形の心に優しく照り返して響き、美しい形を創ってきたのだ。

 娘ごころと一体になって…。『京鹿子娘道成寺』は雀右衛門さんの生涯の心を灯す。賢く艶やかな『金閣寺』の雪姫。深窓のお嬢様といった趣きの『本朝廿四孝』の八重垣姫。情熱的な『鎌倉三代記』の時姫。三姫それぞれの恋心。女心をたどりつつ、その日の舞台にその日の命をかけて、ひたすら懸命に勤める毎日である。58キロもの花魁揚巻の髪、衣裳、草履。「べつに重いとは感じません」。

 素顔の雀右衛門さんの穏やかな美しさに、いつしか心が柔らかく温められていた。

インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/柳 拓行
Copyright(C) 1991-2008 SECTOR88 All Right Reserved. 内容を無断転用することは、著作権法上禁じられています。
セクターエイティエイト サイトマップ