KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー
吉田 文雀

KENSYO vol.63
人形遣い 吉田 文雀
Bunjyaku Yoshida

いろんなことがありましたが、
好きで入った世界、
何もかも芝居に直結している。

吉田 文雀(よしだ ぶんじゃく)

1928年6月8日、東京に生まれる。1945年8月、二代吉田玉市の預かりとなり吉田和夫と名乗る。1950年4月、三代吉田文五郎の弟子となり四ツ橋文楽座で吉田文雀と改名。1994年6月、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。1988年芸術選奨文部大臣賞、1991年紫綬褒章、1994年大阪府知事表彰、1999年勲四等旭日小綬章。その他、多数受賞。

1月3日、大阪・日本橋の国立文楽劇場で開幕する人形浄瑠璃文楽公演で舞踊劇「花競四季寿」の関寺小町と、世話物「壺坂観音霊験記」のお里を遣う。どちらも何度も演じてきた役だ。
関寺小町は、30代に遣い好評だった。文楽が因会と三和会に分裂していた時期、文雀さんが所属していた因会が昭和36年、東京・東横ホールで行った自主公演だった。老いた小野小町が逢坂の秋深き薄原で心乱れるという内容で、上方舞の楳茂都陸平の振付け。文雀さんが楳茂都流を習っていたことを知る幹部が配役した。
「舞のけいこは、人形を持ってではなく自分の体で教わり、気持ちを作って、それを人形に映していった。関寺小町も家元に教わりました。竹本南部大夫さんの語りで竹沢弥七さんの三味線でした。弥七さんは楳茂都流家元の舞台でもよく頼まれて演奏されていましたので、楳茂都の息をよくご存知でしたし、心が入った演奏で、ついていけました」と、この役は、昭和50年代からは文雀さんだけが遣っている。
お里は意外にも鑑賞教室や地方公演でしか遣ったことがないという。本公演で遣うのは今回が初めてだが、経験は豊富。お里は、幼いころに視力を失った夫・沢市を献身的に支えていた。ある日、お里は沢市とともに観音様の慈悲にすがろうと眼病にご利益があるという山深い壺坂寺へ向かう。夫婦の絆に焦点を当てた作品だ。
「お里が縫い物をしたりして、お客様に受ける役です。二十歳そこそこの役ですからあまり老け込んでもいけない」と、首は自前の大江巳之助・作の老女方を使う。老女方と言っても若いのもあれば中年もある。今回使うのは若い老女方だ。
「昭和54年に作ってもらった。同じ老女方でも時代物は口もとのひきしまったものを使いますし、世話物はもう少しやさしい。今回の首は、初め、ちょっとかわいらしさが足りなかったので、一年たって、頬や口元を微笑んだようにやり直してもらいました」と、こだわりを持つ。

公演演目の役に応じて首を決める首割を長く担当してきた。国立文楽劇場が出版した「文楽のかしら」の監修もした。
「父が芝居小屋で生まれて育ったような人でした。私は父が東京在勤中に生まれましたが、歌舞伎もよく連れて行かれ、桟敷で母のひざに寝転がってみていた。6代目尾上梅幸さんのお岩さまが怖くて、母のひざにうつぶしていたのを覚えています。お神楽も小さい時から好きで、面とか歌舞伎の化粧の隈取を不審にも思わなかったんですけどね。お岩さんだけは怖かった」と幼いころからの経験がいかされている。

文楽へ入ったのは父親の影響。6歳の時に父親の転勤で、大阪へ引っ越したことから始まる。父親の実家は、幕末に大阪へ出て来て布団貸し屋を営んでいた。その昔、ガス燈や電気ができるまで、芝居は天窓を開け舞台にろうそくを立て、昼間だけの上演だった。京都や地方から、道頓堀に来た芝居見物の客は、夕方、食事をして芝居茶屋で寝ていた。彼ら大店の店主や家族のふとんを預かり、昼間に運び込んで用意をしていた。「ガス燈ができて、開演が昼から夜に変わり、店はつぶれてしまった。だけど、父はそんな中で育ったので、歌舞伎俳優や文楽の人とも知り合いだった」と、そこに縁があった。
戦争中、旧制中学(現・甲陽)へ通っていたが、遊びに行った文楽が人手不足だったことから借出され、人形の足や左を持ったりして手伝っていた。「いろんなことがありましたが、好きで入った世界、何もかも芝居に直結している」と振り返る。

「良弁杉由来」や「菅原伝授手習鑑」など多くの作品で共演していた吉田玉男さんが2006年9月に亡くなった。「戦争に行かれているうちに私が文楽へ入ったんで、復員された時に『本職になったんか』と、ようかわいがってもらった。8月にお見舞いに行ったのが最後になってしまいましたが、以前から『すーっといなくなりたいねん』と言うてはった。その通りにいかれた。玉男さんの分も頑張らないかんと思てます」と、活気のある熱い舞台を約束してくれた。



インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一



ページTOPへ
HOME

Copyright(C) 1991-2016 SECTOR88 All Right Reserved. 内容を無断転用することは、著作権法上禁じられています。
セクターエイティエイト サイトマップ