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坂東 薪車

KENSYO vol.69
片岡 孝太郎
KATAOKA TAKATARO

やわらかな笑顔に秘めた、
宿命と向上心。

片岡孝太郎(かたおか たかたろう)
松嶋屋。1968年1月23日、十五代目片岡仁左衛門の長男として生まれる。73年7月、歌舞伎座「夏祭」の市松で片岡孝太郎を名のり初舞台。新世代の若女方として、江戸・上方の枠を越えてめざましい活躍を見せる。94年名題昇進。関西・歌舞伎を愛する会奨励賞、眞山青果賞、大阪舞台芸術奨励賞など受賞。

 ほっそりした姿態、たおやかな風情にはんなりとした情がこぼれる。「河庄」の小春、「封印切」の梅川、「吉田屋」の夕霧…近年、上方歌舞伎の女方の大役が続き、存在感がぐっと増した。はかなげな情感はこの人ならでは。「不思議なんですよね。僕は京都で生まれましたが、物心ついてからはずっと東京でしたので、上方の人間という意識はあまりなかったのです。でも見てくださる方は僕を上方の役者と思ってくださるようで…」
 三年前、歌舞伎座で「封印切」が上演されたときのこと。市川染五郎の忠兵衛、片岡仁左衛門の八右衛門、片岡秀太郎のおえん、そして孝太郎の梅川という配役だった。「新聞の劇評に『上方勢に囲まれて染五郎が健闘…』と掲載されたのです。ということは一般には僕も上方の役者という認識なんですよね。ああ、そういうふうに見て下さっているのかと改めて思いました」。それがうれしいと、ふわりと顔をほころばせた。
 松嶋屋は代々、京都、大阪、東京の三都で活躍する家。私財をなげうって上方歌舞伎再興に尽力した祖父十三代目仁左衛門も若いころは東京で活躍した。当代仁左衛門も江戸歌舞伎の「助六」から上方和事「吉田屋」まで東西を自在に行き来する幅広い芸風。実際、仁左衛門家では、正月のお雑煮を元日から3日まで、京都風、大阪風、東京風と日替わりで三種類食べるのが慣例である。
 
 「ふるさとは京都です」。上方への思いは深い。子どものころから学校が休みになると、京都の祖父の家に泊まりがけで滞在し、南座や中座の舞台を見に行った。「でも僕自身はどこか怖くて、容易に足を踏み入れたくないなという気持ちがありました」
 大きなエポックになったのが、平成8年、歌舞伎座で上演された「封印切」。忠兵衛は中村勘三郎(当時、勘九郎)。相手役の梅川に抜擢されたのだ。上方の大きな役を演じるのは実質的にはこれが初めて。「きっと勘三郎のお兄さんは、『これから上方の芝居、頑張れよ』というお気持ちで僕を梅川に使ってくださったと思うんです」。梅川を当たり役とする伯父の秀太郎に一から教えを受けた。「でも、上方のお芝居ってそんなすぐに出来るものではありませんでした。台本に書かれていない部分が多くて、自分の中に引き出しの数が極端に多くないと出来ないんです。書道でいう草書の芸。楷書しかやっていない僕にはすごくつらかったですね」
 しかしこの役がきっかけとなって、改めて上方の芝居に目覚めてゆく。さらに大きなきっかけは平成16年から大阪松竹座で始まった「浪花花形歌舞伎」。上方系の花形若手が結集して大役に挑む画期的な公演。ここで、「河庄」の小春、「女殺油地獄」のお吉、「妹背山婦女庭訓」のお三輪など次々と大役に挑んできた。
 「特に小春は大変でした。上方の女方の役ってほとんどが耐えて思いを内にためていく役が多いので、精神的にも肉体的にもしんどいんですよね。その上、孫右衛門役で急きょ藤十郎のおじさんが出てくださった。ふだん小春をおやりになっていらっしゃる方が目の前にいるんですから毎日が試験でしたね」
 そういう経験の積み重ねによって上方の芝居が自分のものになっていく。「これまではどっちもつかずだったかな。東京と大阪の間の名古屋にいるみたいな感覚。でもいまは江戸も上方も両方きちんとやれないといけないと思いますね」。松嶋屋の宿命である。
  
 最近は歌舞伎だけでなく、外部出演にも意欲的。「いまの時代、いろんなメディアに出ることでお客様を歌舞伎に引きずり込みたいし、演技の引き出しも増やしたい。刺激を持って帰りたいんです」
 もうひとつ、最近増えたのが父・仁左衛門との共演だ。「二人椀久」の椀久と松山、「御所五郎蔵」の五郎蔵と逢州…そして今年7月には大阪松竹座「熊谷陣屋」で、父の熊谷に藤の方で挑む。「昔は共演していても父親の目で僕を見ていたように思います。でも最近はやっと一人の役者として見ていただいているなと感じます」
 立役の父、女方の息子。直接芸の継承ができなくても、相手役をつとめることで、芸の精神を受け継ぐことはできる。そしていま、長男で8歳の千之助が歌舞伎俳優としてのスタートを切り始めた。そんな松嶋屋三代の舞台が11月29日、大阪・西梅田にオープンする新劇場「サンケイホールブリーゼ」で実現する。仁左衛門の独演による「勧進帳」、仁左衛門と孝太郎の舞踊「時雨西行」、千之助の「雨の五郎」など。「三代で公演ができることがなによりうれしいですね。新しい劇場の神様にごあいさつする気持ちで舞台に立ちたいと思います」

 役者は一に声、といわれる。その声はビロードのように心地よく響いた。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一


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