KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー


KENSYO vol.73
人形遣い
吉田 和生
KAZUO YOSHIDA

文楽は情が第一。
難しく考えず、
気軽に楽しく見てほしい。


吉田 和生(よしだ かずお)

1947年7月28日愛媛に生まれる。
’67年7月、文楽協会人形部研究生となる。
同、現吉田文雀(人間国宝)に入門、吉田和生と名のる。’68年4月初舞台。’81年、’87年因協会奨励賞、’91年文楽協会賞、’92年国立劇場文楽賞文楽奨励賞、2000年因協会賞、
’04年大阪文化祭賞受賞。

 とうとう、たらりたらりら…
 重厚な語りにのせて、いかにも神々しい翁が頭上で袖をかえす。劇場内に荘厳な空気と祝祭の気分が満ちた。
 今年、開場二十五周年を迎えた文楽の本拠地、大阪の国立文楽劇場。四月に行われた記念公演の幕開き「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」で格調高く翁を勤めた。この曲は能のなかでも特別な格式を誇る「翁」をもとに作られた祝儀曲。文楽でも新春公演や劇場の開場など特別な時に上演される。翁はその核となる役どころだ。
 「翁はまだちょっと早かったかな」とつぶやいたが、平成十六年に続いて二度目。近年では、師匠で人間国宝の吉田文雀、同じく人間国宝だった故吉田玉男らが勤めてきた大役である。「お能から来たものでもありますし、翁は人間ではない神のような存在ですから、演技だけではだめ。何かプラスアルファのようなものが必要なんです。それがどこまで出せたかですね」
 このときの「寿式三番叟」は、三番叟に桐竹勘十郎と吉田玉女、千歳を昨年襲名したばかりの豊松清十郎が勤めた。それは文楽新時代を象徴する配役にも思えた。「こういうメンバーでしっかり頑張れ、ということになるのでしょうか。近年僕らの少し上の世代の方が相次いで亡くなられ、いきなり大きな役が回ってくるようになりました。ただ、プレッシャーや責任もありますよ。前の人も良かったけど今もそれなりね、ぐらいには言われたいですね」
 もともと人形遣い志望ではなかった。学生時代から彫刻に興味があり、当時文楽人形の首を一手に作っていた大江巳之助さんを訪ねているうちに、勧められて人形遣いになる決心をした。昭和四十二年、文楽きっての博識を誇る文雀に入門。内弟子も経験しながら長く厳しい修業を積んできた。
 「僕はひとりでコツコツするのが向いている性分なんです。高校のときは演劇部の公演で舞台のバックの絵を描いたりしていましたからね」と笑う。
 しかしいまや文楽人形遣いの第一線で活躍するまでに。「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の桜丸、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の求馬のような気品のある立役、女方では「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)」のヒロイン雪姫から、「輝虎配膳(てるとらはいぜん)」の越路のような気骨ある老女まで、決して派手な芸風ではないが、何を演じても品があり、役の深い解釈で存在感をにじませる。
 師・文雀から学んだことは数えきれない。「技術的なことはもちろんですが、それ以上に役に対する考え方を教えていただきました」。たとえば、「寺子屋」の戸浪は源蔵の女房になる前は何をしていたのか。「引窓」のお早や「沼津」のお米の前身は元遊女、そういう目に見えない部分や人物の背後まで把握して遣うことの大切さをたたき込まれたという。
 戯曲に対する深い解釈は新作でも生きる。七月十八日から国立文楽劇場で幕を開ける夏休み文楽特別公演では、第二部の古典「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」の宮城阿曾次郎、第三部ではシェークスピアの「テンペスト」を翻案した話題の新作「天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)」の春太郎と、ともに二枚目の役どころに初役で挑む。とりわけ話題は「天変斯止嵐后晴」で、平成四年に大阪の近鉄アート館で初演された作品を改訂、演出もバージョンアップしての上演となる。
 春太郎の原作での役名はファーディナンド。ヒロインの美登里と一目ぼれで恋に落ち、それが親同士の確執の和解につながる。
 「原作は哲学的な深みのある作品ですが、文楽は情が第一。難しく考えず、男と女の情、親子の情など情の部分を大切に演じたいと思っています。気軽に楽しく見ていただけたら。春太郎と美登里は、文楽でいうと『妹背山婦女庭訓』の久我之助と雛鳥に似ていますね。親同士が不仲の恋人たちですから」
 ちなみに、「生写朝顔話」の阿曾次郎も、宇治川の蛍狩りで深雪に一目ぼれ、そこから悲劇が始まってゆく。「今回の公演は一目ぼれシリーズですね」とにっこり。
 今春から弟子(吉田和希)もできた。舞台での活躍はもちろんだが、弟子の育成など責任はますます重くなる。
 「いまはいただいた役を目一杯勤めて、みなさんに楽しんでもらえる舞台を作っていくことを第一に考えたい。私たちの文楽は伝統芸能。さまざまなものを後の世につげていく義務がある。質を落とさないよう心掛けてゆきたいですね」

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一

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