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KENSYO vol.74

中村 七之助
SICHINOSUKE NAKAMURA

普通に頑張ってるぐらいじゃ
  とてもウルトラマンにはなれない


中村 七之助(なかむら しちのすけ)

中村屋。1983年5月18日東京に生まれる。
十八代目中村勘三郎の次男。’87年「門出二人桃太郎」の弟桃太郎役で二代目中村七之助として初舞台。
映画「ザ・ラストサムライ」の明治天皇役、「真夜中の弥次さん喜多さん」喜多八役など歌舞伎舞台以外にも幅広く活躍中。写真集に『中村七之助写真集』(朝日新聞社)がある。

 ほっそりした体つき。しなやかに伸びた若木のようだ。「おはようございます」。さわやかな笑顔とともに現れた若者は、東京・パルコ劇場で見ていたという、市川亀治郎出演の現代劇の話を熱く語ってくれた。
 「絶対、見てくださいよ。おもしろいですから」。芝居が好きで好きでたまらない様子がうれしい。
 近年、怒濤のように女方の大役が続いている。六月に博多座で演じた「金閣寺」の雪姫はお姫さまの大役“三姫”のひとつ。父の仇・松永大膳の命令に首を縦に振らず、満開の桜の木に縄でくくられてしまう雪姫。その芯の強さを、歌舞伎独特の嗜虐美(しぎゃくび)に三姫らしい気品を漂わせながらしっかり描出してみせた。
 一月の浅草歌舞伎では女方舞踊の最高峰「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」、七月はコクーン歌舞伎「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」のヒロイン桜姫…。昨年は平成中村座公演で「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」のおかる、野田秀樹の新作歌舞伎「野田版 愛陀姫(あいだひめ)」のタイトルロール愛陀姫など、古典から新作、舞踊まで幅広いジャンルで大役に挑み続けている。
 「もちろんプレッシャーはあります。でもその後、じんわりと、楽しみだなあという気持ちもわいてくる。それが自分の中で並行して、初日までにどんどん高まっていくんです」
 しかし、そのプレッシャーはネガティブな心理ではないという。「歌舞伎の歴史の中で多くの先輩方が手がけてこられた大役を汚したくないという思いなんです。初めてこのお芝居をご覧になったお客様が、僕がやったことでつまらないと思われると、血と命を削って勤めてこられた先輩方に顔向けができませんから」
 父は現代を代表する人気役者、中村勘三郎。父方の祖父は文化勲章受章者で人間国宝だった十七代目中村勘三郎。母方の祖父は人間国宝の中村芝翫。兄は先日、六代目中村勘九郎襲名が発表された中村勘太郎。母方の叔父に中村福助、中村橋之助という梨園の名門に生まれ、幼いころから歌舞伎は生活の一部だった。
 実は、十代の頃は女方が好きでなかった。衣装は重く窮屈で、舞台でもじっとしている場面が多い。立役のように発散できないこともつらかった。「しかも僕、不器用だったもので、当時は役の本質などわからず、ただ教えて頂いた型通り演じているばかりでした」
 意識が変わったのは女方の大先輩、坂東玉三郎に教わったことが大きいという。「玉三郎のおじさまは『どんなときでも気持ちが動いてなくちゃだめだよ』と教えてくださいました。『人の会話をじっと聞いているときでも心を動かしていないと場面が死ぬよ』と」
 その言葉が一つのきっかけとなって、役の深さ、歌舞伎の多彩な魅力に目を見開かされていった。もちろん父・勘三郎の存在やコクーン歌舞伎の串田和美、野田秀樹らの演出を受けたことも大きい。
 「幼い頃、僕のヒーローは父や先輩方でした。友達が仮面ライダーやウルトラマンに憧れるように僕は歌舞伎の先輩方に憧れて育ちました。でも成長してお役を勤めさせていただくにつれて、自分のいたらなさに気付き始める。現実、この人たちはすごいんだとわかるのです。普通に頑張ってるぐらいじゃとてもウルトラマンにはなれないと」
 いまはいただいた役を一生懸命勤めるだけという。「スポンジみたいに吸収したい。自分を高めること、感謝の気持ちを忘れず、怠けず。自分の道を一生懸命歩いていって、気付いたときには、憧れの先輩方のようになれていたらいいなと思っています」
 九月は名古屋での初の平成中村座公演で「傾城反魂香(けいせいはんごうこう)」の女房おとくをつとめた。十月は五年目を迎える兄弟公演「芯(しん)」が東京や大阪で予定されている。七之助は兄と「二人椀久(ににんわんきゅう)」を踊り、和太鼓の林英哲、津軽三味線の高橋竹童とコラボレーションも行う。
 その兄・勘太郎の結婚式が十月に控えている。先日の結納の席では感激のあまり号泣してしまった。「ふと見たら、父も泣いていました」
 勘三郎家にはひとつの“家訓”がある。祖父の代から「飲んで芝居の話をするんじゃない」と。「でも祖父は飲むと必ずお芝居の話をしたそうです。父もそう。僕も兄貴もそうですね」。根っから芝居に取り憑かれた人なのかもしれない。

インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/柳 拓行


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