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KENSYO vol.77

市川 亀治郎

ICHIKAWA KAMEJIROU

市川亀治郎の
行く道、拓(ひら)く道。


市川 亀治郎(いちかわ かめじろう)
市川段四郎の長男。
80年7月歌舞伎座『義経千本桜』の安徳帝で初お目見え。83年7月歌舞伎座『お目見得太功記』の禿たよりで二代目市川亀治郎を名のり初舞台。98年7月歌舞伎座『義経千本桜』のお里名題昇進。
確かな実力で、最も目が離せない若手花形歌舞伎役者の一人。


 それは美しい伯母様の家へ行く道であった。
 それは木いちごの実る森へ行く道であった。
 市川亀治郎さんの語るマダム・貞子の話は、黒田三郎の「道」という詩のひびきに重なる。亀治郎さんの大おば様はアメリカにおすまい。亀治郎さんの曾祖父君、市川猿翁さんの弟君、市川中車さんの娘にあたる人。八十歳を過ぎてからも東京へ、パリへと亀治郎さんの舞台を見にきて、身内ならこそのお世辞抜きの感想をいってくださる。亀治郎さんは渡米するとすぐにも会いに行く。亀治郎さんが、美しい伯母様に会いに行く道は、人が生きる可能性を何度も発見できる道だ。関東大震災、戦中戦後をへて、今、右目の視力をなくしても左目がある、といい、痛くても体を動かして出かけて行く。あきらめず、自ら見て、触り、感じ、語り、伝える。おば様との親しさの深度は、年齢でも性差でもなく「尊敬がすべて」と亀治郎さんはいう。
 亀治郎さんもまた、自身の手で木いちごの実りをつかみ、手にして食し確かめる、そんな道を歩いてきた。
 亀治郎さんは昭和五十年、四代目市川段四郎さんの長男として生まれる。五歳で『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』の安徳帝で初お目見得。すでに踊り、つづいて三味線の稽古を始めていた。学校を早退し稽古や舞台へ。そして歌舞伎役者となって行く道が、
「好きでした」。
 楽屋の廊下で歌舞伎ごっこをして遊ぶ亀治郎さんを見かけ、
「この子はきっと、何か哀しみを 秘めた陰影のある役者になるだろう」
と予言をした人。スーパー歌舞伎の作者であり、哲学者の梅原猛さん、その人である。今もなお、亀治郎さんは梅原さんを師として、ソクラテスとプラトンの如く、年齢の差を超えた付き合いがつづいている。亀治郎さんの読書は、生きていくのに必要不可欠なもの。文学から科学、重いもの軽いもの、あらゆる分野の「雑読です」。全国を廻る亀治郎さんが、公演の合い間にその町の本屋にいる姿を見かけることもあるかもしれない。
 芸の上で亀治郎さんに浅からぬ影響をもたらしたのが、伯父君の三代目市川猿之助さん。 
スーパー歌舞伎で歌舞伎の新しい可能性を実践する猿之助劇団で亀治郎さんも活躍していた。伯父君の先見であったのか、亀治郎さんには、自ら主宰する「亀治郎の会」の起ち上げを勧められた。平成十四年八月、伯父君が副学長の京都造形芸術大学内の春秋座で第一回公演。「亀治郎の会」の旗揚げをする。
 そして、その翌年、亀治郎さんは、猿之助劇団を去る。幼い頃に梅原さんが見た亀治郎のどんな哀しみが、そこにあったのか。いまだ語られることはないが、折り目正しく且つ豪快にも妖艶にも立役、女形を演じる亀治郎さんに、人の世の人の心の妬みや恨み、謀(はかりごと)の浅ましさを、ふっ切ろうとする気配が見える。それが亀治郎さんの魅力につながっているのだろう。
「すこぶる頭のいい人」と、若い人たちの間に、テレビのクイズ番組に出演の亀治郎さんのファンになる人も増えているようだ。そして「ナマ」の亀治郎を見るべく劇場へ舞台を見にくる人も。
「でも、歌舞伎の宣伝をしようと思ってテレビに出ている訳ではない。テレビはその一瞬、何百万、何千万という人が見ているでしょ。おろそかにはできません。ぼくにとっては舞台と同じ。結果としてテレビを見て、舞台を見にきていただけるのは嬉しいことですよね」
 こうして亀治郎さんはいつも、行く道で出会う人々、直接ではなくても、出会っているはずの人々へまなざしを送りつづけている。亀治郎さんの人間への静かな情熱は、不思議な縁(えにし)をみちびいていく。
 ある日。お祖母様で俳優であった高杉早苗さんのお墓詣りで寛永寺へ出向き、出会った人。俳優の香川照之さんであった。顔付きもそっくりの二人が初対面の挨拶。従兄弟同士である。諸々の事情で、つながっているはずの絆が断たれて、これまで会うことはかなわなかった。しかし、この邂逅で、亀治郎さんは、映像の俳優として先輩の香川さんから大河ドラマなどのサポートを得ることとなり、また、香川さんも亀治郎さんの舞台を観にきてくれる。本来の従兄弟付き合いが始まった。亀治郎さんが手にした心づよい木いちごの実りである。
 そんな亀治郎さんが、京都へ帰ってくる。
八月二十四日から二十七日。旗揚げ公演の時と同じ春秋座で「第八回 亀治郎の会」が催される。芸術監督は市川猿之助さん。京都造形芸術大学学長で画家の千住博さんの滝を描いた絵画を舞台美術として、長唄『魚樵問答(ぎょしょうもんどう)』を亀治郎さん、舞踊家の尾上青楓さんが踊る。亀治郎さんは、「千住博先生の思いをたいせつにして」。
また、福士誠治さん、渡辺哲さんの現代演劇俳優が加わる『上州土産百両首(じょうしゅうみやげひゃくりょうくび)』の芝居は、歌舞伎と現代演劇が交差して、多彩な世界がくりひろげられるだろう。京都公演に先がけて、東京では国立劇場大劇場で八月十八日から二十二日に公演される。
 亀治郎さんの行く道の、美しい実りを私たちも手にする夏となるだろう。


引用:現代詩文庫『黒田三郎詩集』(思潮社刊)

インタビュー・文/ひらの りょうこ

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