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中村福助

KENSYO vol.84
歌舞伎27 中村 福助
FUKUSUKE NAKAMURA

『男の花道』で祖先三代目歌右衛門を演じるめぐり合わせ

『男の花道』
中村 福助(なかむら ふくすけ)

成駒屋。七世中村芝翫の長男として東京都に生まれる。1967年4月 歌舞伎座「野崎村」で五代目中村児太郎を名のり初舞台。‘92年4月 歌舞伎座「金閣寺」の雪姫と「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子で九代目中村福助を襲名。弟は三代目中村橋之助、長男は六代目中村児太郎。曾祖父・五代目中村歌右衛門から流れる成駒屋の女方芸の継承者として歌舞伎界での活躍は言うまでもなく、舞台のみならず映画・テレビドラマなどで幅広く活躍。‘82年芸術選奨文部大臣新人賞、‘84年松尾芸能新人賞、‘98年眞山青果賞、2004年日本芸術院賞など多数受賞。

良きものは向こうからやってくる。
中村福助さんが、今年七月、大阪を皮きりに岐阜、東京で『男の花道』の主役、人気女方役者、加賀屋歌右衛門を演じるとの知らせに、はたと膝を打った。福助襲名から二十年目の今年、これは偶然のようで偶然ではない、尊い糸が、つながっているような気がした。長年、女方を演じながら、その時代、時代の背景や人々の息づかいを細かく見ながら、どうお客さまに伝えようか、苦心、工夫を重ねてきた努力が実りになったといえよう。
さっそく、福助さんにお話を伺いに行った。
「ほんとうにこれは有り難いめぐり合わせです。実際に三代目歌右衛門が大坂で人気を博していた時のエピソードが芝居になったもので、物語で大坂から江戸へ東下りをする事に因んで大阪から出発します」
『男の花道』は一九四一年にマキノ雅弘監督で長谷川一夫さん、古川緑波さんが演じて、評判になりその後もいくつかの舞台でも演じられた。
「この度、この映画を見たのですが、本当に長谷川一夫先生と緑波さんが素晴らしくて。それで今回は舞台でありながら映像的な世界もふんだんに取り入れます」
俳優で映画監督でもある津川雅彦さんが叔父君のマキノ雅弘の名を頂き、マキノ雅彦として演出を手がける。もうすでにポスターなどの撮影も映像が駆使されて、これまでの舞台とは違う光と影の立体感や広がりが創出される予感。音楽は宇崎竜童さん。
「独特の世界になるでしょうね」
江戸時代、明治元年。厳しい年貢に苦しむ農民、幕府の混乱の不穏な時代であった。福助さん演ずる加賀屋歌右衛門は大坂で、人々の心を慰める大きな存在であったが、ひそかに失明の予感に苦しんでいた。それを客席から見抜いた中村梅雀さんの蘭学医土生玄碩が歌右衛門の手術をする。それより二人は心からの友情を培い、互いに江戸に出て頑張ろうと誓い合う。しかし、二人の東下りは明暗を分け、歌右衛門の人気上昇に比べ玄碩は貧しい長屋暮らし。ある日、舞台で「櫓のお七」を演じている歌右衛門に、玄碩が歌右衛門をお座敷に呼び出さなければ切腹という危機が知らされる。大恩ある玄碩のところへ、舞台を中止して今すぐ行かせて下さいましと歌右衛門は観客に許しを乞う。さて、客席の反応は如何に。歌右衛門は玄碩のもとへ駆けつける事ができるだろうか。
「お客様、参加の舞台ですよね」
初顔合わせであるが、福助さんと梅雀さんが交わし合う人生のきびしさとやさしさはきっと、現代人の心にしみるだろう。これは単なる男の友情物語でしょうか。問うてみた。長谷川一夫さんの映画が作られたのは日本が戦争に突入する時代。今は、東日本大震災から一年たち、人々の苦しみや困難がまだまだ続いている。福助さんは、
「助け合う人の絆ですね」
昨年、福助さんたちも被災地へ訪れたけれど、やはり、実際に地震に遭った土地の人とそうではない人の気持ちにはおのずから温度差があるのを感じた。そんな中で、
「被災された方々の痛みをみんなで分かろうとしなければならないけれど、それでも温度差はあるから。やはり我々にできるのは、お芝居で、人と人の信頼とか、美しさとか、今、だいじなことを広く訴えていく事だと思います。こんどの芝居の津川さんの映像も大きな役割を果たしてくださると思います」
女方が奇麗なだけでなく、その折々の役柄の、心のうつろいをお客様につなげていく事。六代目中村歌右衛門さんの教えに重ねて、福助さんが考え、実践し続けてきたものが、こんどの舞台であざやかに表現されるだろう。今年、この芝居の励ましがさざ波のように、ファンだけでなく多くの人々の心に伝われば嬉しい。
幸せと哀しみはあざなえる縄の如く、の通り福助さんの父君、中村芝翫さんが、昨年十月、みまかられた。最期まで歌舞伎役者の誇りと気概を貫かれた。福助さんの長男児太郎さんと甥の国生さん(弟君 中村橋之助さん長男)の二人は、お祖父様の病床へしばしばお話を聞きに訪れていたという。でも、お父様にはその内容を、
「何も話してくれないのですよ」
児太郎さんは、この春、青山学院大学文学部比較芸術学科に入学。お祖父様に教わった秘伝やお父様に習った事、新しい時代の歌舞伎の舞台精神を研鑽していく。
「バトン・タッチですね」
次第送りに続く表現の世界。無限である。このたびの芝居で福助さんは、
「長谷川先生と同じあの衣裳を着ます」
福助さんの目元がすっと赤くなった。深い黒地に凛とした文様。
どんな時代でも良きものはこうして継承されていく。あの福助さんが演じた歌右衛門、あの黒地の衣裳・・・心のこもる美しいものは長く長くいい伝えられ、私たちの傍にいて、励まし楽しませてくれるだろう。


インタビュー・文/ひらの りょうこ 撮影/柳 拓行


<ものがたり>

加賀谷歌右衛門は大坂で大人気の女方役者だが、実はひそかに失明の危機を抱えていた。蘭学医の土生玄碩は、その症状を客席から見事に見破り、彼の大手術によって歌右衛門は九死に一生を得る。難局を乗り越えた二人は信じ合い、歌右衛門はいつか玄碩の大恩に報いたいと決心する。
視力を回復した歌右衛門の舞台は念願の初の江戸下りでも一層の輝きを見せ、連日客が詰めかけ大評判に。一方の玄碩は同じく江戸へ出てきたものの経済的には困窮、歌右衛門のような華やかさとは無縁の長屋暮らしを送っていた。
そんな或る日、玄碩は予期せぬ命懸けの窮地に陥る。もし刻限までに歌右衛門が玄碩のためにその場へ駆けつけねば、玄碩は腹を切らされるというのだ!今こそ歌右衛門に玄碩へ恩返しの機会がやってくるが、一刻を争うその時とは、まさに満員御礼の舞台上演の最中。守るべきは役者の面目か?友情か?
それぞれの信念を貫く生き様とお互いを強く信じ合う心、そして彼らを取り巻く悲喜こもごもの人間模様を描いた、心温まる人と人との絆の物語。


原案= 小国英雄
脚本= 齋藤雅文
演出= マキノ雅彦(津川雅彦)
音楽= 宇崎竜童
出演= 中村福助 中村梅雀
尾上松也 風間俊介
一色采子 風花 舞 真由子
小林 功 尾上徳松 森本健介 春田純一 ほか


5/1(火)10:00〜発売開始



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