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吉田一輔

KENSYO vol.93
吉田 一輔
Ichisuke Yoshida

一生修業と
文楽普及のための挑戦

吉田 一輔(よしだ いちすけ)

1969年大阪に生まれる。祖父は桐竹亀松、父は桐竹一暢。
’83年父に入門、桐竹一輔と名のる。’85年国立文楽劇場で初舞台。
2004年、三代吉田簑助門下となり、吉田姓を名のる。
2009年国立劇場文楽賞文楽奨励賞、2010年咲くやこの花賞、大阪文化祭賞奨励賞、
2012年十三夜会賞など受賞。

「足遣い十年、左遣い十年」とも「十五年」とも言われる人形浄瑠璃文楽の世界に入って、三十年を超えた。

「素直に、丁寧に、基本に忠実に、という思いで修業を積み重ねている間に覚えられたのが、 すごいプラスになってます」と、思春期も青年時代も人形と共に過ごしてきた。

 父の桐竹一暢の「素直な気持ちで舞台に向かう。指摘されたことは素直に聞いて吸収する」という教えは、今も忘れない。人間形成にも繋がりそうな言葉は、技術だけではない人格も投影する芸の奥深さに基づいているようだ。

「子供で何も分かってなかったですから、それが良かったと思います」と、振り返る。女方を中心に活躍し、素直で品のいい芸に定評がある。

 足や左を遣いながら芝居や首(かしら)を遣う主遣いの技術を覚え、同時に軽い役から主遣いも務めるようになる。徐々に主役級の人形の足、左を任されるようになっていた時、父親が他界。人間国宝の吉田簑助に弟子入りした。

「もっともっと感情表現しなくてはならない役が増えてきたころでした。芸の違いはありましたが、芸の幅も感じ方も広がって、基本からステップアップ出来たのかなという思いもします」

 簑助の遣う役の殆どで左を任されている。四月の人間国宝の竹本住大夫の引退狂言「桜丸切腹の段」では出演する簑助の桜丸の左を遣った。
「ここ十年くらい住大夫師匠から『君、頑張れよ』と、よく声を掛けてもらいました。『簑助はんがいる間にどんどん吸収して、色んなこと教えてもろうて、それを後々に伝えていかないかん』と言うて頂いて、簑助師匠にも『この子育てたってや』と言うてくれはって」

「文楽をこよなく愛してはるのに引退を決めはった。僕らにしたら、ずーっと舞台に出てて欲しいけど、ご本人が納得いかなくなったら続けていられないんやろな、悔しいやろなとか複雑な気持ちです」

「いつかは自分が伝えていかないかん立場になる」との思いも強くなった。

 一生修業と同時に、次世代への継承は宿命だが、そのためにも「文楽の普及は大きな務めの一つ」と、今出来ることを模索し、積極的に活動している。

 三年前に、人気劇作家・三谷幸喜の作・演出で初演した「其礼成心中(それなりしんじゅう)」はその一環。大阪・国立文楽劇場での七ー八月「夏休み文楽特別公演」が終わった後、今年はJR京都駅ビル内の京都劇場で上演する。

「文楽をご覧になったことのない方に少しでも興味を持って頂けるためにはどうすればいいか常々、考えていた」時に、三谷と共通の知人の紹介で出会い、意気投合した。

 作曲は経験豊富な文楽三味線弾きの鶴澤清介に任せ、普段から文楽について語り合い信頼し合うメンバーで取り組んだ。三谷や制作スタッフに人形の表現力の広さをやって見せるなど長いと一日九時間、人形を持ち続けて説明。作品が仕上がるまでに三年を要した。

 物語は、近くの森で心中事件が頻発し、売り上げの落ちた団子屋夫婦の悲喜こもごもを、近松門左衛門の人気作「曽根崎心中」を絡めて描く。文楽の手法を守りつつ、初心者に難解と言われる義太夫の節回しを工夫した。反応は良く「分かりやすい」「きめ細かい表現力に文楽の底力を感じた」と、手応えもあった。

「もっと斬新なやり方もあったかもしれませんが、新しいなりに文楽の魅力を伝えたかった。古典があるから新作もできるわけですし、三谷さんも同じ考えでした」と言う。師匠の簑助の「どんどんやりなさい」との応援も得た。

 話題も多い。昨年十一月には、長男が簑助に弟子入りし、文楽は世襲ではないが、一輔の祖父の桐竹亀松から数えて息子で四代目。簑悠(みのひさ)を名乗り 兄弟弟子 となった。

「楽な世界ではないし、親としてはあんまり継いで欲しくなかったんですが、本人が承知で決断してくれたんなら、色んなプレッシャーに打ち勝って欲しいし、やってやれることはやってやりたい、僕も今まで以上に頑張らないかんなと思う」と親の顔も見せつつ、「男も女も両方遣えるようになりたいし色々経験を積んで(芸の)引き出しを増やしたい」と自身も「まだまだ修業」と気を引き締めている。



インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一



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