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中村 翫雀

KENSYO vol.94
中村 翫雀
Kanjaku Nakamura

上方歌舞伎の大名跡
四代目 中村鴈治郎を襲名

中村 翫雀(なかむら かんじゃく)

成駒屋。1959年2月6日京都に生まれる。
三代目中村鴈治郎の長男。1967年11月中村智太郎で歌舞伎座『紅梅曽我』の一萬丸で初舞台。1995年に五代目中村翫雀を襲名。
1988年、'89年、'99年に十三夜会賞奨励賞。
'99年関西・歌舞伎を愛する会演技賞。
2006年度日本芸術院賞。2011年松尾芸能賞優秀賞などを受賞。

来年一月、上方歌舞伎の大名跡、中村鴈治郎を四代目として襲名する。
上方を象徴する名前であり、上方の顔≠ナもあった代々の鴈治郎。翫雀さんは、初代からの直系の曾孫にあたる。
「もちろん、うれしいですよ。憧れの名前でしたので、この名前だけは絶対、襲名したいと思っていましたからね」と破顔一笑。「それに、藤十郎と鴈治郎、この両方の名前が番附に一緒に載るのは歴史上初めてなんですよ。両方ある方が上方歌舞伎の隆盛のためにいいんじゃないかと思います」

忘れられない記憶がある。昭和五十五年十二月、京都・南座で『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』が上演された。お初は父、坂田藤十郎さん(当時、二代目中村扇雀)、徳兵衛は祖父の二代目鴈治郎さんだった。ところが祖父が急病になり急きょ、東京から代役のために呼び寄せられる。まだ、慶應義塾大学の学生だった。
「そのとき、南座の祖父の楽屋に入ったんです。幹部俳優の立派な楽屋でした。その広い楽屋にたったひとり、ぽつんといたとき、『ああ、これが鴈治郎ということなんだ』と、その大きさをしみじみ感じたのを覚えています。それが、鴈治郎という名前を意識した最初かもしれません」
その時の徳兵衛の代役は大評判を呼んだ。まがうことなく成駒屋の血を引いた跡継ぎが彗星のように登場したのだから。

ところが、翫雀さん自身は両親の学業優先の方針で、子役の時以来、十八歳までほとんど歌舞伎の舞台に出演していない。他の御曹司が稽古する長唄や三味線を習い始めたのも自分の意志で、二十歳になる少し前だった。
「父も、十七歳で武智鉄二さんに出会って、文楽の豊竹山城少掾や八世竹本綱大夫さんに教えていただくまでほとんど何もしていなかったそうです。だから、僕たち息子に対しても与え方を知らなかったのかもしれません。僕は自分の経験上、わからない状態は辛いと思ったので、息子の壱太郎には機会は与えようと思いました」
翫雀さんはそのハンディを取り戻すかのように歌舞伎の修業に邁進、いまや、芸域の広さではこの世代随一と言われるほどになった。
本領は、『封印切(ふういんぎり)』の忠兵衛や『河庄(かわしょう)』の治兵衛のような上方和事の二枚目だが、女形も演じれば、三枚目や老け役も。その芸域は、やはり芸域の広さを誇った祖父、二代目鴈治郎さんをしのぐほどである。
近年は、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』の釣船三婦(さぶ)、『沼津(ぬまづ)』の老雲助平作のように、成駒屋として初めて勤める役にも挑み、高い評価を得ている。
「僕自身の芸風が、父ではなく、祖父と重なるように思うんです」
『西郷と豚姫』の仲居お玉、『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の崇徳上皇の霊と阿公(くまぎみ)、『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』の岩藤…。父はやらなかったが、祖父が勤めた役が来るようになったことも、「運命的なものを感じる」という。
鴈治郎というと、まず思い浮かぶのが、道頓堀の句碑にも残る頬かむりのなかに日本一の顔≠ニ謳われた上方歌舞伎の大スター、初代鴈治郎。しかし、翫雀さんのなかでは鴈治郎は、祖父二代目のイメージだったという。
「実際、みなさんがイメージする鴈治郎も、初代じゃなくて祖父のような気がします。さすがに初代の舞台をご覧になった方はいまはもうほとんどいらっしゃらない。父も鴈治郎を十数年名乗りましたが、その前の『扇雀』と現在の『坂田藤十郎』の名前の方が強烈でしょ」

 来年一月、二月の大阪松竹座での襲名披露興行では、上方和事の神髄とされる『廓文章・吉田屋』の伊左衛門をいよいよ満を持して初役で勤めるほか、同じく上方和事の傑作『封印切』の忠兵衛、夫婦愛を温かく描いた義太夫狂言『吃又(どもまた)』の又平、舞踊の大曲『連獅子』などが披露演目として予定されている。
ちょうど、来年は大坂夏の陣四百年であり、道頓堀川掘削四百年という、大阪にとっての記念イヤー。
「その年に襲名できるのが何よりうれしい。関西のみなさんに『鴈治郎はん』と呼ばれたいし、大阪を一緒に盛り上げていきたいですね」
新・鴈治郎が作り上げる上方歌舞伎の世界が、ますます楽しみになってきた。



インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一



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