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吉田 玉女

KENSYO vol.95
吉田 玉女
Tamame Yoshida

文楽の未来を担う
二代目 吉田玉男を襲名

吉田 玉女(よしだ たまめ)

1953年10月6日大阪に生まれる。
'68年現吉田玉男に入門し、玉女と名乗る。翌年4月、大阪朝日座で初舞台。立役を中心に修業を積み、特に骨太の時代物の武将などを得意とし存在感を見せている。
2012年伝統文化ポーラ賞優秀賞、'13年国立劇場文楽賞文楽大賞、'14年(平成25年度)日本芸術院賞ほか多数受賞。

 平成二十七年四月、文楽史に残る名人、吉田玉男の名跡を継いで、二代目吉田玉男を襲名する。
 玉男の名跡が復活するのは平成十八年に玉男が亡くなって以来九年ぶり。誰もが待ち望んだ襲名である。
「師匠が玉女という名前をつけて下さったのは、はよう“男”になれ、という思いが込められていたとうかがっています。入門から半世紀近く、ようやく師匠の名前を継いで玉男となり“男”になれます」。
 感無量の表情で語る。
 玉男の一番弟子であり、いまや立役遣いの第一人者として、毎公演主役を遣う責任ある立場。文楽の顔の一人として活躍している。
『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の大星由良助、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の菅丞相、『平家女護島(へいけにょごのしま)』の俊寛僧都、『源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)』の斎藤実盛など、近年手掛けた役を見渡しても、いずれも師の当たり役であり、文楽の主役中の主役といった役どころばかり。
肚と風格があり、どっしりと軸がぶれない人形は、特に時代物の大きな主役で存在感を発揮する。襲名に向けて、もはや機は熟したように見える。
 ところが当人は「偉大な師匠の名跡だけになかなか決心がつかなかった」と打ち明ける。「ただ、自分自身、六十歳という節目の年齢を迎えたこと、母が亡くなったこと、そして師匠の名前を忘れてほしくないという気持ちからようやく決意することができました」。襲名への思いは深く、強い。
「師匠は僕にとって、師匠であると同時に父親代わりでもあったんです」
 この世界に入ったのは、中学生のとき、道頓堀の朝日座で『絵本太功記(えほんたいこうき)』の通し上演があり、近所の人形遣いに頼まれ、アルバイトとしてかり出されたのがきっかけだった。
 当時、野球少年で文楽は見たこともなかったが、惹かれる何かはあった。卒業後、玉男に入門。玉男の足遣いで鍛えられ、左遣いも経験、師の厚い信頼を得ていく。
「師匠は足遣いの間は厳しかったですね。よく怒られました。人形の性根を考えて遣え、と言われました。でも、舞台を離れると気さくでいろんな話をしてくださった。僕は父を二十代で亡くしているので、父親代わりのような感じでした」
 忘れられない記憶がある。
 昭和五十五年、道頓堀の朝日座。若手の芸の研鑽のため「若手向上会」が行われていた。二十代だった玉女に「熊谷陣屋」の熊谷直実の役がついた。これほどの大役は、勉強会といえども遣ったことがなかった。熊谷は玉男の当たり役。玉男は若い弟子のため、自ら本番で左遣いを買って出た。
「緊張しましたが、師匠が左を遣ってくださると、人形が驚くほど自然に動くんです」
 若手向上会では『寺子屋』の松王丸も玉男が左を遣ってくれた。「人形がずるずる前に行こうとすると、師匠が左でぐっと止めてくれる。その感覚はいまも私の体に残っています」
 玉男から学んだことは、どんな役でも性根を考えて遣うということ。そして、何度遣った役でも、床本を読み直し、自分で考え、解釈するということ。また、玉男は生前、「自分がやってみておかしいと思ったら、僕がやっていたことでも変えてええねんで」と言っていたという。それほどに自分で考えることを大切にしていたのだ。
 四月の大阪・国立文楽劇場、五月の東京・国立劇場小劇場の襲名披露公演では、時代物の傑作「熊谷陣屋」の熊谷直実を遣う。
 源氏の武将・熊谷は、主君・義経の密命を受け、後白河法皇の落し胤で敵方の平家の貴公子、平敦盛を救うため、十六歳のわが子、小次郎を身代わりにして自ら討つ。
 その苦悩は計り知れず、熊谷はこの世の無常を悟り、出家するのである。
「若手向上会での思い出の役ですし、師匠が大好きな役でしたから」と、襲名狂言を決めた理由を語る。
 二代目玉男を襲名したからには、「師匠から学んだことの上に自分のものを何とか積み上げ、二代目玉男の芸を作り上げていきたい」ときっぱり。
 文楽の未来を担う襲名である。



インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/八木 洋一



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